bond of violet【文豪ストレイドッグス】
第5章 明い光
「“存在しない魔女”って、聞いたことあるか?」
「なんだそれ。」
「噂だよ、噂。」
「噂ァ?どんな話だよ。」
「このアジトの中には、誰も知らない部屋があってな、」
「うん。」
「その部屋には色が無いんだ。何もかも、雪国のに迷い込んだように真っ白。」
「ほぉ。」
「その中には陶器でできた人形のような少女が独り暮らしている。」
「人形?」
「しかし、だ。彼女は記憶を操ることができ、会った者全てからその記憶を消してしまうんだと。」
「なるほどな。それで、誰も知らない部屋と“存在しない魔女”ってわけか。まあ、よく出来た話だったよ。暇つぶしくらいにはなった。」
…
.
コツリコツリ
芥川は、音を立てながら廊下を歩いていた。
噂話をする声が静かな廊下に響いているのを、彼は眉を顰めて聞いていた。
彼奴は、存在している。
彼は口に手を当て、乾咳をしながら彼女を思う。
最小限、幹部や遊撃隊隊長のみ知る儚い存在。
それがロクサーナだった。
芥川は目のつかぬところに存在している扉を三回ノックし、『誰も知らない部屋』へと入った。
「ロクサーナ。」
白の中にポツンと存在する白銀が、声と呼応するようにふるりと揺れた。
陽の光を反射して、春の小川のように輝いている白銀。
そしてその向こうから紅の瞳が現れる。
「芥川さん。」
あどけなさを残した、陶器の人形のように整った顔をそのまま芥川へと向けた。
「今日は、よろしくお願いします。」
ふっと緩ますその顔を、芥川は人間のようにも魔女のようにも、そしてまた、人形のようにも思った。