bond of violet【文豪ストレイドッグス】
第5章 明い光
谷崎が張り込みをしていると、湖の底のように静かだった事務所から、少女が独り、出てくるのが見えた。
勿論谷崎は、その少女が誰なのか知らなかった。
「君…此処の業者の人達が皆眠っていたけれど、何か知っていないかい?」
優しい笑顔と、優しい言葉。
穏やかな彼はロクサーナに敵意は向けず、優しく微笑んだ。
「……此処で云っても……きっと意味はないんです。」
「えっ、」
こんな優しい彼の記憶に残れたら
「…ごめんなさい、探偵社の谷崎さん。中島敦を助けに来たのでしょう?きっと…彼は生きています。」
「えっ!君は一体」
その少女が彼に触れると、彼はぼうっと立ち尽くした。
もう彼はロクサーナのことを、憶えてはいなかった。
探偵社から聞かれても、“この業者からは何も得られなかった”と伝えるように、ロクサーナは記憶を組み替えた。
耐えられずタッと駆け出して、芥川の元へ向かった。
此処で私は、存在できない。
此処で私は、息ができない。
ロクサーナは駆けて行くうち、喉の奥から鉄の味がし始める。
血は、鉄の味がする。
「はあっ、はあっ!!」
彼女は、組織の人間が好きだった。
彼女は、組織の仕事も好きだと自身に言い聞かせた続けた。
彼女の居場所はそこだったから。
彼女がそこで存在するためには、彼女は“存在してはならなかった”のだ。
存在を求めた彼女が、ペタンと座り込む。
ロクサーナが胸を抑えた時、後ろから声がした。
とても聞き慣れた声。
「こんなところで何してる、ロクサーナ。」
「……仕事ですよ、中原さん。」
「こんなところでか?」
「…私は、今日彼等、にっ!はぁ…」
「おい!手前またっ!?」
胸を抑え蹲るロクサーナを、彼は支えた。
「異能を使いすぎだ!」
ロクサーナはふるふると首を振り、必死に笑顔を作った。
ロクサーナは彼らの記憶を手のひらで映し出す。
「彼等に、会った…。」
「分かった…」
優しい笑顔と、優しい記憶。
若し、彼等と仲良くなれたら。
「若しも…」
「分かってる!」
若し、若しかしたら。
中原はロクサーナの手を包み、異能力をゆっくりしまい込んだ。
「私は、ポートマフィアの……ロクサーナ…。」
告げられなかった名を、ロクサーナは呟いた。