bond of violet【文豪ストレイドッグス】
第3章 苺の赤
「懸賞金70億の奴がいるんだとよ。手前と同い年くらいのやつ。」
「えぇっ!そんなに!!一体どんな悪いことを!?」
淡々と話すその声に、彼女は一喜一憂する。
仕事で得た話を彼は淡々と話す。
秘密の話もして良かった。
彼女に話す相手など居ないのだから。
「なんも悪いことはしてねぇな。」
「えっ…」
「なんでそんなに金かけんのかねぇ。ただの虎の異能力だろうがよぉ…。」
「虎は…同い年で…。」
考え込むように下を向き、目を伏せる。
長い睫毛が影を作り、其の横顔は夕陽で真っ赤に染まっていた。
少しだけ睫毛を持ち上げて、物憂げな顔をして零す。
眼下の路には彼女と同い年程の、制服を着た女学生が仲間と共に歩いていた。
「もしも…普通なら。もしもその彼に異能など無かったなら、そして、私も普通なら、あんな未来も、あったのでしょうか。」
「…」
「もしもその彼が普通なら、学校へ行き、放課後遊び、ご飯を食べてぐっすり眠る。そんな未来も、存在し得た…のでしょうか。」
「……ねぇな。」
男は素っ気のない返事をする。
共に縁に座り、帽子を押さえて言葉を返す。
「もしもなんてものは存在しねぇ。今は今で運命は変えられねぇ。机上の空論。もしもなんてどれだけ考えても存在なんぞしねぇんだよ。」
「…でも……そう、ですか…。」
悲しげに目を開いて眼下を見る。女学生は楽しげで、彼女にはそれが羨ましく憎く、恨めしい。
「私は今もちゃんと幸せですよ。でも偶に考えるんです。こんな幸せも、存在していたのかなって。」
「そうかい…。」
赤い彼女は、普通に焦がれていた。
白い部屋では手を伸ばし、その手は藁をも掴むのだ。
しかし、その手は掴んだ藁を離し、白い部屋へと帰っていく。何故なら彼女はあの場所、“ポートマフィア”…いや、彼女に関わる全ての人間を、愛していたから。
少女は立ち上がり、下を指差す。
「私も食べたいです。甘くて美味しいアレです!」
「あ?」
「クレープです!行きましょう!とうっ!」
そう言って彼女はビルから身を投じた。
髪がふわりと重力に逆らい揺れる。
そして真っ逆さまに堕ちていく。
「あっ!馬鹿!ロクサーナまた手前は!!」
それに次いで中原も飛び降りる。
彼の異能を信じている彼女は、久しぶりに風を感じた。