第8章 騎士の国の旅芸人
――ふと、シルビアがこちらを向いた
ように思ったが、確かめる間も無く馬たちはスタートラインへ向かっていく。シルビアの馬も小さな胴ぶるい一つ残して、定位置に並ぶ。
同時に音楽が鳴りやみ、今まで凄まじい歓声を上げていた群衆が、一気に水を打ったように沈黙する。
――長い
たっぷりとじらすように時間をとってから、合図の空砲が鳴り響いた。
駿馬たちの筋肉が一気に盛り上がり――破裂するような勢いで出走した。直後こそは一団となっていた馬たちだったが、やはり騎手の技量、馬それ自体の力量の差は最初のコーナーを曲がる時にはすでに明らかになった。
一馬身以上も差をつけて、トップに躍り出ているのは、あの華麗な鎧姿の王子を乗せた馬だ。
体重を馬身に分散させ、それでいて体軸はぶれず、馬への負担と反発を最小限に留めている――
王子の騎馬がいともたやすく急カーブを曲がった瞬間、レース通たちから感嘆のうめきが漏れた。
「すげえ、何だあのターンは」
誰ともない呟きが、強弱も様々に吹き上がる。
しかしそのすぐ脇を、流星の様にすり抜けていくもう一頭があった。
――シルビア!
○○は思わず息を飲んだ。
薔薇色の孔雀飾りも鮮やかに、シルビアとその愛馬がコーナーと王子の間を滑るように縫ってトップに躍り出る。
――歓声が地鳴りのようにとどろいた。
選び抜かれた騎兵さえ寄せ付けない、圧倒的な疾走である。
蹄がダートをふみ散らすたびに、もうもうと盛大な砂煙が舞った。それでいて二頭の足取りは踊るように軽やかだ。
――馬と騎手、ではなく交じり合った一つの生き物のようにさえ。
ファーリス王子が一歩を先んじれば、ぬかるみを蹴散らしたシルビアが強引に前に出る。まさに抜きつ抜かれつの攻防である。一瞬たりと気を抜くことができない。
――王子の鹿毛馬、シルビアの白馬、馬の力量は恐らくほぼ互角――
となればあとは騎手の技術がものをいう。