第8章 騎士の国の旅芸人
「キャーッ!ファーリス様ーーっ!」
「いいぞーッ!シルビアーッ!」
ここへきて、声援はついに二分された。観客席の熱狂は最高潮に達し、もはや大人しく座っていることもままならない。ある者は腰を浮かし、ある者は立ち上がり、ある者は飛び跳ねてファーリス、シルビア、いずれかの名を声も枯れよと叫びつくした。
――シルビア!
○○はハラハラと両手を揉み合わせる。
飛び出しそうになる言葉が、今まさに喉元で暴れている。
――迷った。
一瞬だけ、理由なく躊躇った。
だが次の瞬間、○○は他の観客同様立ち上がった。
――ほとんど衝動。
「シルビアッ!がんばれッ!」
声を限りに叫んだ。
当然その叫びは、大歓声のうねりに混ざり合ってかき消され、届くはずもなく――
が。
――えっ
○○は息を飲んだ。
――シルビアが、今、こちらを見た。
一度だけ。決して気のせいなどではなく。
シルビアと王子はほぼ同時にフラッグを通過し、○○の目前でまさに二週目に突入したところだ。
両膝で駿馬の背を挟むように、腰を浮かせてわずかに前にのめる――
――シルビアの目と○○の目が合った。
時間が、急に動きをとめたように。
シルビアの片手が手綱を放れて伸びる。
○○の立っている場所を指さす。
――『ありがと』
唇の動きまでも、ハッキリと読み取れた。
次の瞬間、最高潮に達した歓声が爆発し、
「シルビア様ーーッ!!!」
「王子ーーーーッ!!!!」
全てが、眼前を走り去る馬の勢いに巻かれて連れ去られた。
――笑っていた。
「いやあ、いい走りだ」
○○の背後に陣取ったレースファンたちがいたく感心しきったように頷きあっている。
「全くだぜ。見たかファーリス様のあのコーナリングを」
「あれで16だろう?鬼神の如しとはよく言ったもんだ」
「それに、あの代走してるシルビアって芸人も相当じゃねえか、なあ?」
「おおよ。しかも奴の走らせ方を見てみろ、ありゃ曲芸の走法じゃねえぞ。」
酒でも入っているのか、男たちの声は大きく呂律も幾分かあやしいものの、内容は通っている。
○○は思わず耳をそばだてた。
「どっかで見たぜ、ありゃ、どこで見たんだっけかな…」
そこで、再びわっと大きな声が上がった。