第8章 騎士の国の旅芸人
――いよいよだ。
抑えきれないほどの歓声が再び沸き起こる。国王の開会の辞さえ、その勢いにのまれ吹き消えてしまった。
声援に押し出されるように、パドックからコースに現れたのは、毛並み艶やかな鹿毛の悍馬に跨る一人の騎士だった。
鮮やかな緋のマントを熱風にはためかせ、背にはサマディー王家の紋章、二頭馬の印が燦然と輝いている。
頭部を含む全身が鎧で覆われているため顔立ちは伺えないが、甲冑の輝きと、いかにも凛々しげに伸びた背筋が、ただ人でないことを物語っていた。
――あれが、サマディー王国の王太子、ファーリス王子なのだろう。
「待ってましたっ!殿下ーッ!」
と、あちらこちらから男女問わず大歓声が上がる。国民人気は、相当に高いらしい。
しかし馬上の王子は歓声に対し手を振り返すことはなかった。ただ何かを確かめるように観客席に一瞥を送ると、手綱を握りなおし、これから走破するコース全体をゆったりと見やった。
そして、天覧席から見守る両親――国王夫妻に顔を向けた。
そのしぐさに、○○は小首をかしげる。
――あれ?
それは奇妙な感覚だった。
既視感、とでもいうのだろうか。初めて目にするはずがどこか見覚えがある。いつかどこか、そう遠くない過去に、私はよく似た仕草を見た気がする――
――思考をさえぎる様に、再びファンファーレが鳴り響いた。
と、同時に他の騎手たちが王子の後に続いて、次々とコース入りし始める。
一人一人が名の通った乗り手なのだろう。
客席からはひいきの騎手の名を呼ぶ声が飛んだ。誇らかに応える者、あるいは深く集中しきってただ黙する者と様々だが、いずれにせよ壮観である。
――大きいなあ
馬も騎士も、揃ってレース用の華やかな装備を纏っているためか、迫力は段違いだ。加えて、装備と騎手の重さに耐えられるよう、競走馬の身体はどれも筋骨隆々、小山のように巨大である。
遠巻きに眺めるだけでも、一種の『途方もなさ』が伝わってきた。
想いを馳せる時間はわずかだったが、その間に最後の一頭がようやく本馬場に入場する。途端に、会場は別種のどよめきに包まれた。
「キャーッ!!シルビア様よーッ!!」
ファーリス王子に送られた声援にも引けを取らないほどの大歓声が、大渦のように会場全体を飲み込んだ。