第8章 騎士の国の旅芸人
門から先は、左右に伸びたトンネル状の通路になっており、外に向かって一般の観客席が扇状に広がっている。
席のほとんどは自由席だが、シルビアは○○のためにわざわざ指定席を確保してくれていた。
――観覧席の端、レース場全体が見渡せる部分。
近くに大きな椰子が茂っているおかげで、○○の座席周辺は、レースの間中ちょうど日陰に入る。シルビアの配慮に些か行きすぎの気配も感じつつ、○○は大人しく腰を下ろしてあたりを伺ってみた。
コースは、オアシス湖の外周三分の一ほどに沿うようにして、歪な楕円の形に設けられている。
距離もカーブも大きくとられた外周コースと、距離は短いがコーナーの急な内周コースに分かれており、内周側には進入禁止の柵が設けられているので、今回は外周側が使用されるのだろう。
路面は乾いた黄土敷き、ぬかるみやジャンプ台などの障害も設置されており、単純に速く走らせれば良い、というわけでもないようだ。
陽射しも徐々に強まってきていた。
レース会場は、王族用の天覧席を除けば、全座席が露天である。しかしオアシスの水面で冷やされた海風が絶えず吹き込むため、日除けがなくとも割に快適な状態に保たれている。
会場はすでに満員状態だった。
王都の住人が一人残らず詰めかけているのでは、と思わせるほどの凄まじい人出だ。
やがて、観客用の入退場ゲートが閉ざされ、ダートを整備していた兵士たちが慌ただしく馬場の外に駆け戻っていった。
「そろそろだぞ」
誰ともなく声が漏れると、つられるようにして観客たちも、それぞれに収まりの良い場所を探して腰の落ち着けどころを探し始める。
○○も慌ててスカートの裾を整えた。
彼女の席からは、振り返らないと見ることができない位置――天覧席ではまさに居並んだ儀仗兵が隊列を改めている。兵たちは提げた金管を構え直し、一呼吸おいてから高らかにファンファーレを吹きならした。