第8章 騎士の国の旅芸人
「放せぇっ!放してくれぇっ!」
何事かと見れば、街区の片隅にある建物――兵の屯所らしき場所から、全身包帯に覆われたいかにも痛々しいいで立ちの男が、数名の兵に取り囲まれ叫び声をあげて暴れている。
慌てて近寄ってみると、包帯男が振り回す腕に、階級章らしきものが見えた。――刻まれた印から察するに、どうやら男は騎兵であるらしい。
騎士の国の名を持つサマディーで、騎兵といえば近衛に次ぐ上級兵職である。それがああして身も世もなく暴れ狂うというのはどう考えても只事ではない。
遠巻きに見守る野次馬をかき分けて、シルビアは騒ぎの中心に割って入った。
「ちょっとちょっとぉ!いったい何事?」
――突如現れた妙に体格のいい旅芸人に、屈強な兵士たちの間にも少なからずどよめきが奔った。
「な、何だ貴様は!?」
シルビアは腰に手を当てると、
「…やぁね!天下の往来で、こんな騒ぎが起こってちゃ放っておけないわよ!で、どうしたの。その騎兵ちゃん。随分なお怪我だけど、何をそんなに暴れちゃってるワケ?」
眉を上げる。
と、シルビアの姿を見止めた一人の若い兵士が、あっと驚きの声を発した。
「あの!待ってください!あなたもしかして、あの伝説の旅芸人…シルビアさんじゃないですか?!」
「え?ええ…そうだけど」
伝説かはさておき、と付け加えたが、俄かに兵士は顔を輝かせ、大ファンです、と握手を求めてきた。
「あらん。それはどうもありがとう」
シルビアはいささか条件反射的に快く応じつつ、
「ところで」
とほかの兵士たちに向き直った。
「…面倒事は放っておけない性質なの。何が起こったか、聞かせてくれる子はいないの?」
――思わぬ闖入者に、兵士たちは事の次第を理解できないまま顔を見合わせた。
と、そこで例のシルビアのファンを名乗る若い兵士が、
「じゃあ僕が」
「おい、お前…」
年かさの兵が制したが、憧れのスターを前にした兵士は一切構わず得々と事情を説明し始めた。