第7章 夜に陽炎
おどけたように眉を上げるシルビアの目と目が合った。
――常にどこか、深く図る様な眼差し。
それは、誰よりも深い『善意』に裏打ちされたものであることを、○○は知っている。
「――ありがと」
ほとんど聞き取れないほど、小さくつぶやいた。
シルビアは、○○の言葉には答えなかった。
ただ黙って、すぐ俯いてしまった○○の首筋のあたりを見つめている。
月の光を、透かして白い。薄く産毛に覆われた肌。
「ねえ、○○」
「なに?」
一瞬ためらうように、その唇が動き、そして言葉の形をとった。
「――アタシまだもう少し、アナタといられるって、思っていいのよね?」
○○は、目を瞬く。
――今、何て?
言葉の意味を問おうとした瞬間、シルビアの分厚い手が、○○の手に重ねられた。
続いて交錯したのは、互いの視線。
そこから流れ込む有無を言わさぬ温もりと、思いが無言のうちに交じり合う。
「――○○」
低い声が、シルビアの喉から漏れる。どこか甘やかな、湿った響きを帯びていた。
はっと気付けば、目の前にシルビアの唇がある。○○は反射的に息を飲んだ。
唇は、思っていた軌道をわずかに逸れ、○○の瞼にそっと着地した。
触れた個所からはまず熱が。続いて染み入る様な柔らかさと、かすかな吐息の震えが伝わった。
「もしまた、怖い夢を見たら」
口づけが名残惜し気に離れた刹那、シルビアは呟いた。
「――助けに行くわ。夢の中でも」
落ちてきたその一言が、確かな熱と共に○○の胸の中に瞬時に根付く。
――頬が熱い。
違う、身体中、まるで焼かれたみたいに。
それは真昼のサマディーを焼いた日差しとはまるで違う熱。
遥か砂漠の向こうに、シルビアが一度だけ示してくれた、ヒノノギ山から流れ出す赤熱の溶岩のように静かに肌の下を這う――
「――さあさ、それじゃあ今夜の締めと参りましょうか」
仕切り直しとばかりに、シルビアは軽く手を叩いた。
――芝居がかったセリフで、○○の身体を寝台に寝かしつける。
「まさに当国初披露と相成るは、シルビア伝説のソロ。今宵は貴女だけのため、声の限りに奏でましょう――」
心行くまでご堪能あれ、とシルビアは穏やかなメロディを口ずさむ。