第7章 夜に陽炎
シルビアは少しばかり考えた風だった。が、少しの間をおいて諦めたように片手を振り、
「――眠ってたら、アナタが急にうなされだしたのよ。それはもう…この世の終わりかってくらいにね」
この世の終わり、の一言が鈍器のように○○の心臓を打った。
○○の表情から何かを察したのか、シルビアは多少繕うように、
「…その、途中までは普段通り…すやすや寝てたのよ?」
こちらを伺う。
が、どういう表情で応じたものか、○○にはわからない。
「…でもしばらくしたら様子が変わって。突然叫ぶわ、起き上がったかと思ったら暴れるわ、挙句泣きながらどっかへ走りだそうとして――」
――慌てて駆けだそうとした○○を抱きとめ、宥めようとしてシルビアは気づいたのだという。
――○○はまだ夢の中にいる。
瞼は開いているが、目覚めているわけではない。見開いた表面に映っているものはただ深い虚無。
それでいて、○○は確かに『何か』を見ていた。こちらからは黒い泉のようにしか見えないが、この世から遥か遠く、どこでもない場所で○○の意識は明らかに『何か』と対峙している。
――間違っても、親しげなものではない。
○○の目にわだかまるのは強い恐怖と悲嘆そのものだ。ともあれ、それを考えるのは後回しである。今はただ、○○の目を覚まさせなくては、と――
しかし、○○はシルビアが戸惑うほどの力を発揮した。最初の内こそ加減できていたシルビアも、すぐに全力で応じざるを得なくなった。○○は制止が緩むとみるやすぐに体をもぎ離して逃げ出そうとする。一体どこにそんな力が隠されていたのか、最終的に寝台に押し倒して何とか抵抗を封じるまで、○○は叫び、暴れ続けた。
――彼の身体を透かして現れた見えない何かと戦うように。
「嘘でしょ」
「…嘘なんかついてどうするのよ」
シルビアは、頭を振ると、
「一体どんな夢、見てたっていうの…?」
躊躇いがちに尋ねた。
「わ、たし…」
○○は、首元に手を当ててかすかにあえぐ。