第7章 夜に陽炎
○○の頬は、次から次へと溢れる涙に覆われる。
――いやだ
喉もわれよと叫ぶ。しかし、叫ぶ端から声は闇に吸われて掻き消えた。
――いやだ
――いやだ
――帰りたい
聞き分けない子供のように、○○は泣きながら必死に歩いた。
言われた通り、足を前へ前へと送り続けた。そうしてついには駆けだした。
心と裏腹に、どうしても駆けずには居られなかったのだ。
臓腑を引きちぎられるような痛みに耐えながら、走って、走って、足の向く先へ、力の限りに駆け続ける。
背後からは、何かとても恐ろしいものの気配を感じた。
こちらを見つけ絡め捕ろうとするおぞましい気配。
本能的な恐怖に、つい振り返ってその距離を確かめたくなる。
が、そのたびに、
――見るな、○○!
あの声が、○○の背を押した。
声は見えない手となって、○○の目を覆った。
そっと頬に触れ、振り返らぬように前を向かせた。
ふらつく手を取って、前へ前へと誘った。
――もつれる足を包んで送る、
遥か彼方、針の先ほどもない小さな光の方へ。魂の導く方へ。
そうして走り続けるうちに、極々小さな光が○○の周囲に点々と集まりだした。
光は、ある一点に達すると、どこかで見たような奇妙な生物じみた形をとり、○○のつま先が向く方へ、一心に掛け去っていく。
赤子のような、丸く薄青い発光体。
最初は数えるばかりだったそれはいつの間にか幾千幾万の光の粒へと変わって、
――まるで流星のように
光の軌跡となり○○の道を照らした。
――行くんだ
不意に、最後の爆発のように誰かの声が耳の奥にこだました。
――○○
――○○
幾千、幾万の声が重なるように。
ここまで繰り返し叫ばれた全ての声が混ざり合うように。
――○○、どうか今度こそ――