第6章 熱砂の国
――立ち止まっていた○○の足元を、奇妙な生物が追い越した。
それは、子猫か兎くらいの小さな『生物』、なのか。
身体は半透明、薄青く発光しており、極端に短い二本の足を幼児のように動かしながら、胴の両脇についた鞭のような触手――腕のようにも見える――を引きずって、よちよちと歩いている。
それは一、二度ほど、完全に透けて消えさったようにも見えたが、すぐにまた、ころりとした姿を取って、何事もなかったように再び歩き始めるのだった。
――物珍しさが、ごくごく素直に○○の気を引いた。
不思議なことに、○○以外の通行人は、誰もその生物に興味を示さない。
もういちいち気にも留めないほど、この地域ではありふれているのだろうか。
いや、それとも、
――見えて、いないのか?
ほとんど、吸われるように○○はその後を追った。
生物の足取りは確かで、一切の迷いというものがなかった。
かぐわしい香りを放つ屋台の料理にも、最後の陽光を乱反射させる派手な装飾品にも、あるいは通りをうろつく人懐こい犬猫や騎馬にさえ、まるで気を取られることなく進んでいく。○○に後を追われていることにも関心を示さない。
ふと、○○は、また別の気配に顔を上げた。
雑踏の中、謎の生物が歩み行く方に、○○と同じく確かな視線を向けている人間がいる。
――女の、子?
すらりと高い背に、見たこともない旅装束。
顔立ちはどこか少女めいて、はっとするほど整っているのに、背にはまるで不似合いな大剣を負っている。
その目元は不思議な色合いと深い優しさをたたえ、肩口で切り揃った髪が夕風にさらさらとなびいた。