第6章 熱砂の国
しかしシルビアは、
「それはできないわねん。」
ふっと爪の先に息を吹きかけると、卓に肘をついて、○○を見た。
「…確かに、駆け出しの若いころなんかは、素直に嬉しくて身に着けたりもしてたんだけど」
結構危ないことなのよ、とため息を付いて、
「むかーし貴族の奥さんから貰った指輪ちゃんなんか、魅了の呪い付きだったんだから」
あれは参ったわね、と顔をしかめた。
「こういう稼業だとね、贈り物って言っても純粋な好意ばかりじゃないのよ。『いわくつき』の扱いに困って、知らん顔で押し付けてくる人もいるわ」
――何度か痛い目にもあった結果、シルビアは人から贈られた装飾品は身に着けなくなった。
金銭以外で素直に受け取るのは無形のサービスか、花などの消えものばかりだ。食べ物も、信頼できる場所で提供されたものしか口にしない。
――そうはいっても、である。
「あら。○○、どうしたの」
「なんでもない」
一通り事情を聴いた○○は、ひどく神妙な様子で黙り込んでしまった。
――それでも、少なくともこの指輪は。
○○の手の中で今にも羽ばたく時を待っているようなこの金色の隼は。
――きっと彼だけの指に宿りその羽根を安らげてほしいという、甘やかな想いで出来ている気がした。
「…ごめん、さすがにこれは出来ない。」
「ええ?」
「…その。高価過ぎちゃって怖いから…やめとくね」
「えっでも…別に普通に売るだけよ?」
「ごめんね、なんというか」
――○○は俯く。
なんというか、何なのか。
胸の中に渦巻いた重い霧のようなものは、いくら頑張ってみても確かな言葉の形を取らない。
まるで形にすることをそれ自体が拒否しているように。霧はただただ寂しさの塊のようになって、○○の心の奥に凝る。
「ちょっとお小遣いにしては重すぎる、かな」
ひねり出した言葉の無理矢理加減に、シルビアが怪訝な顔をしたのが視界に入る。
――だめだ
○○は、ほとんど笑顔とは言えない表情で笑った。
そしてシルビアの反応を確かめもせず、踵を返し逃げるように部屋から出て行った。