第1章 星降る夜
シルビアは頓狂な叫び声を上げた。いちいち艶めかしい動作が気になったが、○○は頷く。
「覚えてないって、あなたその全部忘れちゃったってこと?」
「そう…みたいです…」
改めて言葉にしてみると、余計に事実が重くのしかかった。そう、覚えていない。何もかもきれいさっぱり○○は記憶を失っていた。
「覚えてるのは…私が、○○っていう名前だけ…なんです…」
「そうなの…」
参ったわね、とシルビアは頭を掻いてしばらく考え込んだ。
「本当に何も?」
「はい」
「手がかりみたいなものは?」
「あり…ません」
○○は俯くと、はっと顔を上げて、
「逆に、シルビア…さんは何か見ませんでしたか?その、私を見つけた時に」
「ええー…?」
暫く考え込む。あの夜に見たものは、崩れ落ちるような流星群と、全裸の○○だけだ。荷物らしきものも見る限りでは見つからなかった。
「…悪いけど、何も見てないわ。」
「そう…ですか…」
がっくりと肩を落とす○○の様子に、
「でも。たぶんだけど…その、何一つ手掛かりナシではないんじゃない?」
「えっ!」
顔を輝かせる○○の前で、シルビアは突然○○の片手を取ると、
「あなたの手、きれいよ。足もそう。喋り方だってちゃんとしてるし、たぶんだけど、比較的いい家の子なんじゃないの」
「そ、そう…ですか?」
そうよぉ、とシルビアはうんうんと頷く。いい家の子が全裸で街道に倒れているかどうかはこの際さておくとして、
「こう見えても、見る目はあるの。てことは、あちこち聞けば、あなたのことを探してる人がきっといるはずよ。」
「あち、こち…?」
「ヤダ、あなたまさか。」
愕然としながら、シルビアは○○を見た。この世界そのものについての知識も失ってしまっているというのか。
「ええと…その…ごめんなさい。本当に何も覚えてないんです」
「参ったわね…」
頭を軽く抑えると、シルビアはやれやれというように首を振った。
「あ、あの」
「何?」
○○はパンをかごに戻すと、
「シルビアさん…は旅芸人さんなんですよね」
「そうだけど」
「私、連れて行ってくれませんか」
「ええ?」
わずかに身を引いたシルビアに、○○は詰め寄った。
「お願いします。なんでもします」