第5章 次なる旅立ち
シルビアは、薄闇に沈んだ自分の手のひらを見つめた。
デルカダール王都の下層でとらえた○○の小さな手の感触は、かなりの時間がたったとはいえ、まるで焼き印でも押されたかのようにはっきりと残っていた。
――どうしたのかしらね
きっと、一生消えないような気さえした。
考えがまとまらない。
足の向け先に迷って、夜の廊下に立ちすくんだ。
――夜気でも吸おう
致し方なく甲板に向かうと、そこには意外な先客がいた。
――○○だ。
欄干に手をかけ、ぼうっと遠く、海面と夜空のあわいを見つめている。
白い夜着の裾が、冷たい潮風になぶられてひらひらと舞った。
――小さく、歌声が聞こえる。
夢の歌だ。シルビアは思わず耳を澄ませた。
今まで訪れたどの国の音楽とも似ていない、奇妙だがどこか物悲しく美しいメロディ。
歌詞は古語か、はたまた完全に外つ国の言語か、ほとんどが不明瞭な中、わずかに聞き取れたのは、
我は其が炎 其が雷 剣に宿りて其が力ならん――
○○は、シルビアの存在にまるで気付いていない様だった。
丸い瞳は闇色の海を写して虚ろ、同じフレーズを繰り返し、身体にはいつものような生気が感じられない。
――どうしたのかしら。
不意に、強い不安が襲った。様子がおかしい。
このまま海へとのめり落ちていくようにさえ見える――
「○○!」
シルビアは、思い切って大股に○○に近づくと、その肩を掴んだ。
「!」
瞬間、○○ははっと顔を上げた。
いつも通り、まるで寝入りを起こされたばかりのように辺りを見回し、
「あれ?え?シルビア?」
キョトンとした顔でシルビアを見上げる。
「え?なんでここに?どうしたの?」
「それはこっちのセリフよ…」
シルビアはため息を付くと、
「どうしたの。眠れなかった?」
尋ねる。○○は小さく頷き
「うん、ちょっと…」
照れたように頬を掻いた。
「こんな立派なフネ、だっけ。乗ったことなかったから」
軽く酔ってしまい、空気を吸いに甲板に出てきたのだという。
あら、とシルビアは片眉を上げた。
「そうだったの、酔い止めなら、アリスちゃんが持ってたのよ。頼めばよかったわね」
「ううん。もう大丈夫だから」
○○は笑う。
そして長いため息を付いた。