第5章 次なる旅立ち
――遠い歌声が響いてくる。
遥か彼方の風に乗ってそっと漂うように、あるいはおぼろげな記憶と重なって耳元に囁きかけるように。
旋律にくすぐられシルビアは目を覚ました。帆船シルビア号の船内、その船室の一つである。
身を起こすと寝台は盛大にきしんだ。久方ぶりの主の体重に、随分文句があるようだ。
はっと気づいて、隣を伺う。
――○○
素知らぬ顔をしたライティングビューロが一台、答えるでもなく闇に沈んでいる。
シルビアは、深々とため息を付いて、片手で口元を覆った。
『我ながら呆れちゃうわ…』
――ここに○○が居る訳もない。
彼女が休んでいるのは、すぐ隣の別の船室である。
立てた膝の上に両手を投げ出して、
『調子狂うわね、なんか』
シルビアは馴染んだ自室を見渡した。
家具も設備も下手な宿より遥かに整っている。
それなりの広さもある。そしてこうした部屋が、シルビア号にはほかに幾つもあるおかげで、ここへきてようやくシルビアは○○と部屋を分けることができた。
しかしどういうわけか、部屋を分けて以来シルビアはかなり頻繁に夜中に目を覚ますようになった。そのたびに○○の姿を隣に探しつつ、である。
成り行き上仕方がなかったとはいえ、それなりの期間一室を共にしてきたために、身体がその感覚に馴れてしまっているらしかった。
――歌声もいつの間にか止んでいた。
夢の中だけの淡い調べだったらしい。
どこか名残惜しさを感じつつシルビアは寝台を降りる。
広い船内は、ほぼ完全に無人だった。
元々、シルビア号には操船に必要な最低限の人員しか乗船させていない。
理由は、手練れの航海士がほとんど一人で全ての役をこなしてしまうため、敢えて数をのせる必要がなかったというのが一つ、そして人が増えればその分準備や何やで足が鈍るというのがもう一つ――
どちらかと言えば、シルビアは後者を避けた。
船体は、時折寄せる大波を乗り越えるときだけゆったりと上下する。まるで一つの大きな生き物が呼吸するように。
あまりに激しい揺れともなると困りものだが、シルビア自身、この感覚自体はさほど嫌いではない。
多少ならば船旅のご愛敬だ。