第4章 更夜の誓い
――まるで海の底を這うように泳ぐ、名もない魚になった気がした。
月光と街灯の淡い光が重なり合う、王都の夜は青鈍色の闇に沈んでいる。
石造りの街並みは冷たい静寂に満ち、昼間はあれほど溢れていた人影も、すっかりそれぞれの戻るべき場所に収まって平和な眠りについている。
――街ごと寝息に包まれたようだ。
シルビアの腕に抱きあげられたまま、○○は時間を巻き戻すように流れていく街の景色を横目に追った。
布越しに皮膚が触れ合う部分だけが温かい。
――言葉は、何一つ出てこなかった。
一度だけ、そっとシルビアの表情を伺う。
月明りに映える高い鼻先、彫の深い目は影に沈んで見えないものの、真一文字に引き結ばれた口元には、今にしてようやく浮かぶ静かな怒りがあった。
――怒ってる
シルビアにしてみれば、当然の感情だろう。
だが、いざその怒りを目の当たりにした○○の身体は、瞬時に冷たくこわばった。
「あの」
耐えかねて声をかける。すると、
「なあに」
シルビアの低い声はそれだけで、鋭い鞭のように○○の耳を打った。
○○は、なけなしの勇気を振り絞って、
「すみません、あの、もう、大丈夫です」
下ろしてください、とか細い声を発した。シルビアは立ち止まると、
「…どうかしらね」
躊躇うような様子を見せたものの、すぐに○○の身体を支えつつ、地面にそっと下ろす。
壊れ物でも扱うような、丁寧な動作だった。
――しかし、地に足がつくやいなや、○○は強い立ち眩みを感じてふらつき、
「あっ…」
「言わんこっちゃないわね」
――シルビアは、すぐさま長い腕を伸ばして、○○の手首を捉えて引き寄せる。
石畳に激突することは回避できたが、勢い余って○○はシルビアの胸元に抱き寄せられる格好となった。
酒のせいだろうか。また一気に頬が熱くなり、強烈な眩暈が襲ってくる。
シルビアは○○の後頭部を片手で軽くぽんぽんとたたくと、
「――ここ。座んなさい」
噴水前のベンチに引き寄せ、掛けさせた。
腕組みをして、その前に立つと、
「さて」
――項垂れた○○の頭に、シルビアの視線が刺さった。