第4章 更夜の誓い
――だめ、だ。
今の自分に、この手を取る資格はない。
理由はどうあれ、身勝手に逃げ出した身である。
これまで何度となく差し出されてきたこの手を、そのありがたみさえ知ろうとせず、恐怖に負けて砂をかけ飛び出した。
何事もなかったように図々しく応じることなど、決して許されない――
しかし次の瞬間だった。
○○の目は、シルビアの背後から鬼の形相で襲い掛かる赤毛の姿を捉えた。
「シルビアさん!後ろ!!」
「!!」
○○の叫びに応じ、シルビアは凄まじい速さでレイピアを引き抜くと、赤毛が振り下ろす短剣をいとも容易く弾き飛ばした。
「なっ…!」
赤毛の顔に驚愕の表情が奔る。
シルビアは不敵な笑みを浮かべると、
「…いっちばん悪い子ちゃん、見ーつけた」
――剣を握った手で指さした。その横顔に、一瞬凄絶なものがよぎるのを○○は見た。
勢いを殺された赤毛は、もんどりうって地面に転げる。
しかしすぐ半身を起こして短剣を構えなおし、憎々し気にシルビアを睨みつける。
「なんだよ、畜生、てめえだって同じ穴のムジナだろうが」
善人ぶりやがって、と怒鳴った。
「…どういう意味かしらん」
シルビアは、抜いたままのレイピアを、もてあそぶようにひらひらと振った。
地面にへたり込んだ赤毛は、それでも果敢に短剣を振りかざす。
「へっ。大事な『商品』横取りされて追っ掛けて来たってとこか」
両手でシルビアに突きつけた。
「どうせどこぞの変態貴族にでも売り飛ばすつもりだったんだろ?」
「…アタシが?○○を?」
シルビアは、ぱちくりと目を瞬いて、○○を見た。
○○は、耐えかねてシルビアから視線を外す。
――その動作だけで、彼には全てが伝わったようだ。