第4章 更夜の誓い
○○はただ、導かれるがままに夜のスラムを小走りに進む。
下層の街路は、夜更けということもあるのだろうが、全てが病的に歪んで映った。
筵の上に横たわったまま動かない男や老人、あるいは身を寄せ合う孤児、その隣で場違いに煽情的な衣服に身を包んだ女たちが手を伸べては行き過ぎる男たちの袖を引こうとする――
中心街から零れ落ちてくる明りと、住民たちがめいめいに灯す松明に浮かび上がってくるのは、無秩序の混沌だ。
赤毛の明るい髪すらも、その中に溶けあってちらちらと瞬いた。
――何だろう
○○の胸をかすめる、不穏な感覚。
道端の松明は、時折爆ぜて激しい黒煙を巻き上げる。
一体何を燃しているのだろう。閃く炎は時折、赤であったり、奇妙に緑がかることもある。
通り過ぎるたびに、頭の中がざわついた。闇の中にこだます誰かの声がどんどん大きくなる。
いつか聞いたことがあるようで、まるで聞き覚えのない声。
何かを強く戒めるように、あるいは必死の警告のように、声は次第に○○の脳裏にガンガンと反響し始めた。
――ダメだ。○○、行くな
そっちに行っては、行けない。
――燃え盛るかがり火
――人々の群れ
――呪詛に似た呟き
――誰かに引かれる自分の手
――既視感が一層増した。
いや、既視感などではない。
この光景に○○は覚えがあった。酒精に浮かされた意識の中であってさえ、はっきりと身体そのものに刻み込まれた『事実』の記憶。
――私は、いつかどこかで、同じ光景を見たことがある――
生々しい光景が、鮮やかによみがえった。
――闇の中、狂ったように熾る猛炎。
巨大な祭壇と、それを取り巻くようにして居並ぶ黒衣の人々。皆一様にその手を○○に差し伸べ、低い声で何事かを呟いている。
――おいで
耳元に囁きかけるその言葉は。
――おいで。○○
遥か彼方から千々の波のように打ち寄せて、○○の全身を包みこみ、
――この日のために、生(あ)れし子よ
「○○!?」
気付いた瞬間○○は、赤毛の手を振り払っていた。