第2章 デルカダールへ
階段を降りると、運よく一階は完全に無人だった。
悪事を働いているわけでもないのに、誰にも見咎められず宿の外に出た瞬間、○○はほっと安堵のため息を付いた。
王都の空は、抜けるような快晴である。正午を過ぎたばかりの日差しは、無防備に立ち尽くした○○の目に刺さった。
――眩しい。
○○は目を細め、改めて眼前の通りを眺めた。
宿の中、あるいはシルビアの傍から離れて見る景色は、まるで別世界の様に目まぐるしい。目から入ってくる情報だけでも相当なものだ。強いめまいに体がふらつきそうになる。
年齢、人種、性別、何もかも様々な人々は、それぞれに忙しなく行き交いながらも、皆はっきりとした目的地を持っているようにも見えた。
○○は通りの真ん中に立ち尽くしながら、
――ああ、私、一人なんだ。
置かれた現実に、初めての心細さを覚えた。
何もない。
私には本当に何もない。
この足を進めるべき場所さえ分からない。
ただ、分かるのだ。
失くした記憶の奥底で割れんばかりにこだまする誰かの声。
『お前はここに居てはいけない』
――逃げるんだ、○○
それは理由のない衝動だった。
○○はほとんど背中を押されたように駆けだした。