第2章 デルカダールへ
それだけではない。
足の向け先さえ定かではない○○が、ここに至るまで何一つ不自由を感じていないのは、ひとえにシルビアがそれだけ心を砕いてくれていたことの証でもある。
――ちょうど、窓の下では勇気ある大道芸人が、物々しい雰囲気の中、輪投げの芸を披露していた。
このような情勢であるからか、見物客の姿はまばらだった。
シルビアもまた自らを旅芸人と名乗っていた。旅芸人について詳しい知識は持たないが、少なくとも純粋に人助けをするほど余裕があるかどうか。
――これ以上甘えていいのだろうか。
強い不安が、○○の心に兆した。
何故、彼はここまで自分に良くしてくれるのか。
失くした記憶の中にも、これほどの善意はきっと存在しなかっただろう。
そして、今の自分には何一つ、その善意に報いるものがない――
気付いた瞬間、○○はふと強い不安に駆られた。
申し訳なさ、いやそれ以上の、何処か覚えのある感覚。
――どうしてだろう。
私は『同じような不安』を、以前にも感じたことがある。
○○は、口元を抑えた。軽い吐き気が込み上げる。
とにかく、分かっていることが一つだけあった。
――私はこれ以上、ここに居てはいけない。
○○はビューロに据え付けの伝言用紙を引きちぎると、
『お世話になりました。後は自分で何とかします』
短くメモを書き残して、シルビアのベッドに置くと、部屋を飛び出した。