第2章 デルカダールへ
「やだ、まさかもう満室なの?」
「はい…一部屋なら何とか、シルビアさんのために抑えておいた部屋があるのですが」
シルビアは腰に手を当てると、
「それじゃあ困るわ…ご主人ちゃん。二部屋、何とか用意できない?」
「今は収穫祭も近くて、人出が多いものですからねえ…」
少々お待ち下さいまし、と主人は宿帳を丹念に見返しはじめた。
人の好さそうな顔は曇る一方だ。
「申し訳ありませんが、やはり空きは一部屋だけですね」
「…しょうがないわね。じゃあそこには○○を泊めてあげて。アタシは別の宿を探すわ」
主人は困ったように、
「いえ、この様子ではおそらくどこの宿も満室でしょう…あまり大きな声じゃあ言えませんが。『悪魔の子』騒動もありましたから」
悪魔の子?とシルビアと○○は声を重ねた。
「ご存じないんですか?」
宿の主人は眉を上げた。
「いえ、つい先だっての話なんですがね。」
人目をはばかるようにシルビアの方に顔を寄せる。
十数年前、大国ユグノア滅亡の原因となった災厄の化身――悪魔の子が、つい最近になってこのデルカダールに姿を表したのだという。
「恐ろしいチカラを持った、鬼神のような男でしてね。幸い国王陛下がいち早くお気付きになられ、グレイグ、ホメロスの両将軍閣下が捕らえられたのですが…」
――数日前にもう一人の凶悪犯を連れて地下牢から脱出してしまったのだという。