第9章 邂逅
宿に戻ったシルビアは、鍵を受け取り、黙って階段を登る。
夜の廊下はしんと静まり返っていた。並んだ宿坊の扉には、揃って小窓が切られているが、いずれもすでに明りを落として暗い。
最奥の部屋――シルビアと○○のとった部屋だけ、ぼんやりと明りが漏れている。
――○○?
まだ起きているのだろうか。流石に寝入っている時間だとは思ったのだが。
軽くノックをすると、ぱたぱたとちいさな足音が近づいてきた。鍵を開けようとする前に、掛金を中から外す気配がして、
「おかえりなさい」
――ドアが開き、覗いたのは○○の顔だった。
かなり遅い時間であるにもかかわらず、起きて待っていたらしい。
「あら…まだ寝てなかったの?」
小首をかしげると、
「…うん」
○○は夜着の裾を整えつつ俯いた。
「ごめんね、寝ようとは思ったんだけど」
――寝つけなかった、と申し訳なさそうに頭を下げる。
一言言いかけたシルビアを手で制しつつ
「ええと…あのね、シルビア」
○○は寝台に駆け寄り、傍らから何かを取り出すと、シルビアに突きつけるように差し出した。
「…準優勝おめでとう!」
――花束だ。両手に収まるくらいの大きさで、見事な大輪の白九重花、そして小ぶりな竹桃花が品良くあしらわれている。
○○はシルビアを見上げるように、
「ええと…その…花束とか、きっといっぱい、貰ったんだと思うけど」
どうしても、シルビアに何かしたくて、と俯く頬は薄っすら赤い。
「あの、ちゃんと自分のお金…ほら、アイテムを売ったお小遣いでね、お花屋さんに行って頼んで…」
何かを咎められた幼い子供の様に、慌てて必死に言葉を探す様子が無性に愛しく、シルビアはほとんど反射的に○○を強く抱きしめた。
「○○…」
――何故だろう。ひどくほっとしている自分がいた。
「え?え?」
突然の抱擁に、○○はただただ動揺したが、構うものかとシルビアはその髪に頬を埋めた。
この娘の身体は、いつも日なたのような香りがする。
「…すごくうれしい。ありがと」
「ど、どういたしまして…」
と、もがくように身を離した○○に、シルビアは袋に提げていた花冠をかぶせてやった。