第9章 邂逅
吟遊詩人の奏でるライラの音をのせ、夜風が街区を吹き抜けた。
遠く繁華街の方角からは、かすかに酒の香と賑わいの混じった気配が漂ってくる。
雲をふむような心地で、シルビアは夜道を歩んだ。
石タイル敷きの街路に並んだ街灯の光が、等間隔の円になって闇を切り取っている。
異国の夜更けはどこか浅い夢を思わせる。
少しばかり回った酒に、足取りと視界が柔らかく揺れた。背に負った大笛を風がすり抜け小さく音を立てると同時に、シルビアの鼻先を花の香りがかすめた。
――これは貴殿に捧げよう
大笛の隣で揺れているのは、月桂花をあしらった見事な花冠である。
ファーリス杯で晴れて二着となった副賞として、銀杯と共に下賜されたものだ。
いずれも一度は隊章と共に、例の騎士に譲り渡している。
しかし騎士は一旦それらの品を受け取りはしたものの、
――貴殿なくば、この栄誉はあり得なかった
せめてもの気持ちとして受け取ってほしい、と花冠だけをシルビアに返してよこした。
――見事な走りだった。私も無理を言って控えから見ていたのだ
最初あの騎馬を見た時はどうなることかと思ったが、と騎士は笑って、シルビアの快走と王子の技量を褒め称えた。
――私は誇らしい。今からあれほどの技をお持ちの殿下と共に、この国を守っていけるのだから
その言葉に、シルビアが極々かすかに眉をひそめたことに気付いた者は誰もいない。
満座に集った騎士たちは誰もかれもが深く酔い、祝いの杯を交わしあっては、そのたびにサマディー万歳、王子万歳、と声高に叫んでいる。
――王子万歳、ね。
シルビアは、ひとまず置くことにした。
花冠を受け取り、存分に本来の芸を披露して、再びの熱い喝采を浴びた。
祝賀の宴はそれから遅くまで続いた。良い夜、のはずだった。
シルビアの胸中だけが曇ったまま。