第8章 騎士の国の旅芸人
――コースの奥で、シルビアが、王子を抜いたのだ
王子は奥のコーナー前でわずかに手綱さばきを誤ったらしい。ジャンプ台に乗り損ね、ぬかるみに足をとられてしまった。落ちた速度自体はわずかだが、見抜いたシルビアがここぞと一鞭を放ち差をつけた。
――悲鳴のような声が上がる。
ついに最後の一周に入ったのだ。
王子とシルビアはほとんど馬首を並べているようにも見えるが、シルビアの白馬の鼻先がわずかに先んじている。
――このままシルビアが逃げ切るか、それとも王子が挽回するか――
○○はもはや、声を失っていた。
――シルビア!
その時、後ろの男が唐突に叫んだ。
「思い出したぜ!シルビアの走法、ありゃ、『デルカダール正騎兵』の走法だ!!」
――デルカダール正騎兵
その一言に、心臓がひときわ大きく跳ねた。
どういうことだ。
振り向こうとした刹那、またしても歓声が上がった。
――今度は王子がシルビアを抜き返したらしい。
○○が一瞬目を離した隙に、最終コーナーを抜けたファーリス王子の鹿毛馬が突如加速を付けた。
「信じられねえ、ここまで温存してたのか!」
――ラストスパートのために、王子はひそかに馬のスタミナを残していたらしい。
「…とんでもねえ勝負師だぜ、我らが王太子殿下は」
王子の馬は、最後の加速とばかりに大地を蹴った。小さな爆発のように砂煙が舞う。中天にかかった日差しが馬体を焼き、焦げた樫色の毛並みが一層の艶を帯びる。
シルビアも気づいて速度を上げにかかったが、
「ダメだ!伸びねえ!!」
――ここでさえわずかな差。
息を飲む○○の目の前で、王子の馬の鼻先が、ゴールラインを越えた。
フラッグが落され、審判団が判定に入る。
審議は短く、そしてその結果はすぐに明らかになった。
――果たして結果は。