第1章 最初の一ヶ月
何をどう間違った。セレブ魚屋の世話になる予定が、なぜ全然違う家に転がりこむ羽目になった。
しかもミスター出っ歯が『一番アレ』と称していた松野家に。
加えて六つ子って何。聞いたことないわ。六人兄弟に取り入るとか、無理ゲーすぎる。
「浮気してないのに娘!? おかしいでしょ!? 顔だって似てないし!
DNA鑑定は!? それに母さん! 母さんはどうなの!?」
緑の松パーカーの青年が身を乗り出す。
けれど私の横で正座したお母様は、
「かまわないわ、父さんが娘というのなら、この子は私の娘。この家で養います」
まっすぐな瞳でキッパリ言い切る。
うう、何て人間の出来たお母様なんだ。
……まあお母様も、私が理由をつけて飲ました薬の効果で、私を実の娘同然に思い込んでいるわけだが。
「い、いや、でもさあ」
六人はチラチラと私を見てくる。
戸惑ってる人、『生き別れの妹か……』となぜか遠くを見ている人、疑わしそうに見てくる人。
最初から目を背ける人、目の焦点の合ってない人、目が合うと笑顔を向けてくる人。
戸惑いと警戒。まあ当然ですか。
「でも……」
なおも言いよどむ緑パーカーの人。
だが私も覚悟を決めた。
どう疑われようが三ヶ月。
詐欺師といじめられようが三ヶ月。
どんなに最悪の家だろうと、三ヶ月経てばこの家とおさらばなのだ。
私はドンッと畳に手をつき、ビクッとする六人に深く頭を下げた。
「松奈と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
『こ、こちらこそ……』
こうして、私の松野家の『妹』としての生活が始まったのであった。
…………
…………
チュンチュン。鳥の声がする。
「ん……」
寝返りを打ち、ゆっくりと目を開ける。
あれ? 私の部屋と違うような……。
桟(さん)のある天上、レトロな四角い傘の電灯。
頭を動かせばそば殻の枕。目を転じれば畳にふすま、障子(しょうじ)。
起き上がってみると、私は松柄の布団に寝ていたようだ。
あれれ? 旅館に泊まったんだっけ。
それにしては部屋がずいぶん狭くて粗末なような……。
そこで我に返る。夢じゃ無かった。私、別の日本にいるんだ。
そして目覚まし時計はすでに九時。私は飛び起きた。