第1章 最初の一ヶ月
「それは書いてあるだけざんすよ! 客は『もしかしたらHなことが出来るかも~』
『してもらえるかも~』という期待で来るざんす!
いくら札束で頬を叩かれても、チミが応じなければ安全ざんす!!」
本当にそうなのか? 私は腕組みし、低い声で、
「安全対策はマジで大丈夫なんですか? 客がヤバいことをしてきたら、どうしてくれんです?」
「そのときはこのポケベルで……」
「90年代かっ!! 使い方知らんわっ!!」
「防犯ブザーで……」
「小学生っ!? もういいですよ!!」
怒り心頭で帰ろうとすると、
「待って待って!! 絶対に何もしない客を案内するから、お試しで働いてみてほしいざんす!!」
イヤミ社長は必死である。まあ、考えるまでもなく、この会社に来たお馬鹿さんは、私一人なんだろうな。何だか可哀想に……いやいやいや。こいつは夢見る乙女から搾取しようとするクズだ。同情してはならない。
「それに私、そこまで可愛くないですよ?」
川面に映る己の平凡顔を見つめる。
別に卑下するわけでなく、どこにでもいる顔だと思う。
お客がお金を払ってまでデートしたい容姿かと言われれば、とてもとても。
ちなみにチラシには、チョロ松さんご執心のアイドル、何とかにゃーちゃんモドキの
美少女イラストが描かれている。
フキダシがついてて『お兄ちゃんとお散歩したいにゃん♪』と媚びを売っておった。
「何言ってるざんすか! チミは可愛いざんす! 何万票も集める多人数アイドルグループだって、そこらへんにいるような顔の子がたくさんいるざんすよ!!」
それ、多人数アイドルグループをディスってるのか私をディスってんのか……。
なおも難色を示す私に、イヤミ社長は猫なで声で、
「チミは可愛いざんす。自信を持つざんす。お金を払ってチミとデートしたい男はいるざんすよ!!」
「肩をもまんで下さい。とにかくそんな変なバイトはごめんですっ!」
「ならっ! ミーはチミの安全のため、『女の子とろくにつきあったことのないようなピュアな男』だけを紹介するざんす! それならチミも安全ざんしょ!?」
いやそれ、最も危険じゃないか?