第1章 最初の一ヶ月
今度は部屋のすみではなく、ちゃぶ台の真ん前に座られた。
さっきよりもジーッと見られてる。私のペンを持つ手がぶるぶる震える。
目の前の陰険男は、緑茶を飲み、片手で頬づえついて楽しそうだ。
にゃーと鳴く猫がうるさい。皮をはいでやろうか。
「ほら。早く書かないと時間が無くなるよ?」
「わ、わ、分かってますよっ!!」
挑発には屈するまいと、堅実に一行一行埋め――。
「あ」
「あ」
猫が走った。湯飲みが倒れ、書きかけの履歴書が……。
「あ、ごめん」
ニヤニヤ。
私は無表情にちゃぶ台を回ると、座っている一松さんの胸ぐらをつかむ。
重いから持ち上げられんけど。
「お聞きしましょう。何故、足を引っ張ろうとするんです」
「別に俺、何の邪魔もしてないけど? ちょっと被害妄想なんじゃない?」
嘘つけ!! 昨日、少しでも優しいと思った私が馬鹿だった!!
仕方なく手を放し、
「今度邪魔したら、お母さんに言いつけますよ!?」
ちょっとイケてない脅し言葉だが、相手が×ートなら有効だ。
実際一松さんはチッと舌打ちし、猫を抱えて壁際に行ってしまった。
何だかスネているようにも見えるが。
……部屋から出てけよ。
…………
「よし、終わりました!」
どうにか書き上げ、先日の残りの証明写真を貼り付ける。
時間ギリギリだ。慌てて身支度をし、玄関まで小走りに急ぐ。
のそのそとついてきた弱者……じゃない、一松さんを振り返り、
「じゃ、私は面接に行って参りますので、お留守番を――」
「一件だけ面接の返事来てないけど。家にいなくていいの?」
固まる。
ちなみに私は携帯を持ってない。持たせてくれと言える身分でも無い。
しかもこの、中身が昭和な平成生まれどもは、末弟を除いて携帯電話に疎いらしい。
日常的に使用してるのはトド松さんだけだ。
「一松さん。その、もし来たら、代わりに電話を……」
「へー。俺に電話を取らせていいんだぁ?」
にゃんこを撫でながら笑う。
て、てめえ! さっきは普通に電話を受けてただろうっ!!
「俺、どんな受け答えをするか分からないけど。例え採用でも、それで向こうも考え直すかもなあ」
「ぐっ!」
私は時計を見る。今行かないと、面接に間に合わない。
だけど採用の電話が来るかも。