第1章 最初の一ヶ月
何となく、また泣きそうになった。
でもどうにか抑え、ちょっと下を向く。
「廊下……暗いから、部屋まで送る」
ボソッと一松さん。
「は、はい。じゃ、おやすみなさい」
『おやすみ~』
と五人の声がそろった。
…………
私を部屋の前まで送り、一松さんはうなずいた。
「じゃ」
「はい。どうも……あの……」
一松さんは、私のことも、私が気づいてることも知ってる。
いや皆が皆――正確にはお父様以外?――、互いに事が露見しているのを半ば承知で、でも『何か』を続けようとしている。
『何か』って何?
転がり込んだ赤の他人を家族扱いし、バレていることに気づかないフリをするゲーム。
そんなことをする理由は……人助け?
つまりこの問題ありありな松野家は、とてつもなく懐の広いお人好しの一家ということらしい。
「おやすみ」
「お、お、おやすなさ――」
背を向けようとする一松さんに、返答しようとして。
「おいっ」
ついに涙がポロッとこぼれた。こらえようとしても、一度こぼれると止まらない。
「泣かれても困る」
「ごめ……んな……」
でも止まらない。けど誰かに聞こえたら心配させる。けど嗚咽(おえつ)が……。
「松奈」
抱き寄せられた。
私はそのまま一松さんの胸に顔をうずめ、静かに泣く。
ためらいがちに髪を撫でる手。聞こえる鼓動がやけに早い。
私が泣き止むまで、一松さんは抱きしめてくれていた。
「ありがとう。一松……兄さん」
「……ああ」
こうして私は、松野家の妹を演じることを『始めた』のであった。
…………
…………
「松奈、起きなよ」
「ん……」
誰かが私を揺さぶっている。
「松奈、起きなよ、松奈」
いやー。起きたくない~。
「……あと……五百時間……」
「死ぬまで寝てるつもり!? ほら朝ご飯……ていうかほぼ昼ご飯がとっくに冷めてるから!」
警告なのか報告なのか分からない言い方に、眠い目を開ける。
そこにはパジャマ姿の……えーと……未だに難易度高いな。この六つ子当てクイズ。
「えええーと……トド松お兄さんですか?」
「はーい残念、チョロ松お兄ちゃんでしたー。ほら起きる起きる!」
「いーやー」
腕を引っ張って起こされた。