第6章 派生②一松&十四松END
「倒産した会社が出て行ってから、借り手がいないみたいなんだ。
だから僕がたまに遊びに来てるの!」
うーむ。都心部のオフィス空洞化問題が赤塚区にまで。
十四松さんはどういうルートを辿ったのか、それとも偽造したのか、ビルの鍵を手に入れたらしい。まさにリアル秘密基地だ。
しかし夕暮れだと怖さが増す。周囲のビルも同様に人の気配がないこともあり、何だかオバケが出そうだ。
十四松さんは階段を上り、得意そうに、
「ここ。僕だけの秘密基地なんだ。
一松兄さんも知らないから、招待するのは松奈が初めて!!」
「そ、そうなんですか。ありがとうございます。
でも私にはちょっと怖いです。もう帰りましょうよ。ね?」
「帰りたい?」
「え、ええ」
薄暗い。窓には板が貼られ、そこから入るかすかな夕日だけが光源だ。
階段の上の十四松さんの表情が見えにくい。
急に『怖い話』の世界に入り込んだような気分になる。
「松奈、こっちこっち。いい部屋があるんだ!」
十四松さんの声が、少し変わった気がした。
馬鹿っぽい声がなりを潜め、代わりに別の十四松さんが……。
「や、やっぱりオバケが出そうだし、帰ります!!」
階段を下りようとして、
「逃げるの?」
後ろから抱きしめられ、固まる。
「困るよ松奈。松奈が勝手なことをしないようにって、一松兄さんから命令されてるのに」
心臓が跳ね上がる。
でも、と十四松さんが笑う。
素振りをし慣れた、少し硬い手が私の喉を撫でた。
「オバケが怖いって可愛いよね。トド松みたい」
違う。私が怖かったのはオバケじゃない。
自分の空間に入り、変わってしまった十四松さんだ。
「こっちに来て。長椅子がある部屋の方が楽だと思うんだけど?
松奈が来るって思ったから、ちゃんときれいに掃除したんだよ?」
震えてへたり込む私に、子供に接するみたいに声をかける。
さっきまでの空気が変わっていた。
十四松さんは、十四松さんの顔をしたよく分からない人になる。
「怖い?」
私の手を取って立たせようとする。
「ねえ、立って。僕は松奈に痛いことはしないよ。兄さんと違って」
心臓が止まりそうになる。