第1章 最初の一ヶ月
お母様は博士の薬をちゃんと飲んで、私を娘と思い込んでる。そのはずだ。
「母さんがあの薬を取っておいてくれてたらなあ。
胃薬とすり替えたってのは正解だったけど、いったい何の薬だったんだろうね」
また汗が出る。お母様が薬を飲んでない?
私が赤の他人だって知ってて家に?
「いいじゃないか。おまえらだって、ずっと妹が欲しかったんだろ?
演じればいいのさ。あの子が求める、家族の役割をな!」
とカラ松さん。えーとですね。私は雨風しのぐ場所がほしかっただけで、家族が欲しくて転がり込んだわけじゃあないんですが。
カラ松さん。痛いだけの人じゃないみたいだけど、やっぱちょっと痛いなあ。
「もう帰ろう。家事をやるし、家賃や生活費も入れるからマイナスはない。
長居せずそのうち勝手にいなくなる。そうすれば全部元通りだ。
おまえらもこれ以上、余計な詮索はするな。いいな」
一松さんが立ち上がる音。
「いや何でおまえが仕切るんだよ。まあそれでいいか。頭が疲れてきたし」
「考えるのって面倒くさいしねー。もう眠いよ~」
いやそれでいいんか、チョロ松さんにトド松さん。
「俺も賛成ー。良い子みたいだし。金もないし、そろそろ帰るか」
と、おそ松さんや他の四人が立ち上がる音。
「一松~、たまにはおまえが払えよ。パチンコに勝って万札が入ったって言っただろ?」
「とっくに使ったに決まってるだろ。てめえらにタカられる前に」
「ずりー!」
「おっちゃーん! 会計お願いしまーす!」
そして六人がガヤガヤと出て行く音。
もう話題はギャンブルだのAVだの、ろくでもないものに変わっている。
店に残った私は、一松さんに握らされた物――クシャクシャの一万円札をじっと見ていた。
…………
…………
「で、家に帰って『お兄ちゃん!』『妹!』と感動シーンを演じるとか。
アニメじゃあるまいし、ありえないっすよね」
風が冷たい。私は身体を縮めながら、夜の町を歩いていた。
もちろん帰ってませんよ?
好意はありがたいんだけど、正体がバレて、それで妹を演じて居座るほど図々しくは無いのだ。
どうせ着の身着のままで来たんだし、家に置いてきたものもない。
このまま町を出て行こう。
「でも、これからどうしよう……」