第3章 三ヶ月目のさよなら
他の兄弟は予想していたような顔で、一松さんに道を開ける。
私と一松さんは向かい合った。最後のお別れを言いに来てくれたんだろうか。
「ん? 何ですか、その子?」
一松さんは腕に『あるもの』を抱えていた。
でも一松さんはそれについては返答せず、
「最後の最後に、本当の気持ちを聞かせてほしい。
松奈は、俺たちと……俺と別れて、家に帰りたいの?」
「ええ、もちろんですよ」
心から答えた。
愛する家族が待っているかもしれないから。
皆、私がいなくなって、きっと心配してるから。
私がいることで、松野家の人たちに迷惑をかけているから。
帰りたい。それが私の本心だ。
『いや、ぶっちゃけ一ミリたりとも帰りたくないっす』
「え」
声が聞こえた。
私は思わず一松さんの腕を凝視する。
彼が腕に抱えた、眼鏡をかけたみたいな模様の猫を。
「何ですか、その猫ちゃん。おしゃべりするとか、面白いですね」
頭撫でたいー。モフりたいー。でも時間がないしー。
一松さんは無表情。その代わりに彼の腕の中の猫が、口を開いた。
『頭撫でたいー。モフりたいー。でも時間がないしー』
私は一松さんの目をじっと見る。そしてデカパン博士の顔も。
博士は何か言われてるのか、困ったような笑顔で返事をしない。
一松さんは猫の頭を撫でながら、
「本当は俺だけで君の本音を聞くべきだったんだろうけど、皆に証人になってほしいし」
『本当は僕だけで君の本音を聞くべきだったんだろうけど、ケツにあんなぶっといモノを刺すのはごめんだったし』
……聞いちゃいけないことを聞いた気がしたのは、気のせいか。
一松さんは大仰に咳払い。
「……んんっ! で、今、確かに本音を言ったよね。『帰る気はないって』」
「いえいえいえ。大ありです。帰りますって」
帰りたい帰りたい帰りたい。ほら、猫ちゃん復唱して。
『帰りたくない帰りたくない帰りたくない』
私は目を見開く。ちゃんと帰りたくないって、私は思って……。
「いや、だって、私は今、心の中で『帰りたくない』ってちゃんと考えて」
「心の表層で考えていることが『本音』とは限らないということだスよ」