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【松】六人の兄さんと過ごした三ヶ月

第1章 最初の一ヶ月


 午前中に面接は何件か予約済みである。
 履歴書の作成がギリギリだったが、間に合って良かった。
「ああ」
 一松さんは振り向かず行ってしまった。
「よし、頑張らないと!」

 あと二ヶ月と二十×日!
 ……ずいぶん日にちが経った気がするが、まだたったの三日目だ。
 先は長いなあ。

 私はトボトボと歩き、後ろを振り向くこともしなかった。

 …………

 …………

「それでは結果は後日お伝えしますので」
「ありがとうございました!」
 自動ドアを通り、最後の店を出る。

 夕暮れの路上に出た私は、緊張から解放され大きく息を吐いた。
 でもあまり良い反応じゃ無かった。連絡自体、期待しない方がいいだろうな。
 肩を落として大きくため息をつくと、
「終わったの?」
「うわっ!!」
 びっくりした。ポケットに両手を突っ込んだ一松さんだ。幽霊のように目の前に立っていた。
「どうされたんです?」
 一松さんはケッと目をそらし、

「……別に。通りがかったとき見えただけ」
「そうですか」

 一松さんが松野家の方向に歩き出したので、何となく後ろをついていく。
 今日もまた、町は夕暮れだ。
「どうだった?」
「あはは。やっぱり面接は厳しいですね。色々突っ込まれちゃって」
「突っ込まれるようなこと書いたの?」
「いえいえ書いてませんって!」

 面接の場で学校生活の具体的な説明を求められたり、自己PRを要求されると一気につまってしまう。記憶喪失の影響なのか、私の元々の性格なのかは不明。

 その場しのぎで適当にごまかせばいいんだろうけど、私はそういうのがとことん下手らしい。

 しどろもどろになり、やがて面接の人はあいまいな笑顔で『では採用については後日』と切り上げてしまうのだった。はあ……。

「…………」
「…………」

 特にかわす会話もなく、私たちは無言で松野家へたどり着いた。

 家まで来たとき、もうほとんど日は沈んでいた。
 一松さんが引き戸を開けようとしたが、開かない。
「母さん、帰ってないのか」
 慣れた様子で植木鉢の下から鍵を取り出し、ガラガラと扉を開ける。
「ただいま」
「お邪魔しまーす」
 薄暗い家は何だか寂しい。
 靴を脱いで上がろうとすると、玄関脇の黒電話が鳴った。

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