第3章 三ヶ月目のさよなら
ガクガクする足で近づき、包丁を持った一松さんの手を包む。
そして一松さんも同じくらい震えてると気づいた。
そうだ。この人は本当は優しい、ごく普通の人だ。
私がこの世界の人間だったら。
最初からこの世界に住む勇気を持てていたら。
一松さんはこんなにならなかった。
私が、悪い。
「松奈! 俺のこと、今まで通り好きでいてとか、そんな図々しいことは言わない。
でも、この世界にいて……! どこかで生きていて!
この世界のどこかで幸せにやってるんだって、俺に安心させて……!」
一松さんがついに泣き出した。そんな恋人に、私は最悪の宣言をする。
「私……私は……帰ります……自分の家に」
そこまでして意固地になって。何なの、自分。頭おかしいの?
包丁の切っ先が私に触れる瞬間にも、そう思っていた。
でもさあーと、自分の中の自分が思う。
同じ世界にいて、二度と会わない方がはるかに未練が残らないですか?
一松さんの社会復帰、就職、結婚全部を、邪魔しまくっちゃうんじゃないですか?
あ。痛い。
私はドラマみたい、とお腹を押さえながら思ってた。
一松さんが好きなんだな、私。すごく好きだ。
こんなことされたら、普通は嫌いになるのになー。すごいわ、私。
けど泣いている一松さんを見るのは辛い。
やっぱり『残ります』って言うべきだった?
でもそれはそれで、ですよね。
じゃあ、どうすれば良かったんだろう。
一松さんは私を好き。私も一松さんを好き。
それだけでHAPPY ENDになってくれないの?
私たちはどうすれば、また一から恋愛を始められるんだろう。
そして気づいた。
そうだ。私はまた、一松さんとちゃんとやり直したかったんだ。
今頃気づくとか、私、やっぱり馬鹿だ。
血を流し、床に倒れながらそう思ってた。
最後に見たのは、部屋の扉を蹴飛ばして乱入するおそ松さんとカラ松さん。
おそ松さんが全力で一松さんを殴り倒し、カラ松さんが私に駆け寄る姿だった。
私はずっと思ってた。
泣かないで、一松さん。嫌いになんかならないから。
私、あなたがすきだから。ぜんぜんおこってないから。
あ な た が 、 だ い す き
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