第3章 三ヶ月目のさよなら
『いえ、これ、私のじゃないですよ?』
……とは言わなかった。
その代わり私はすうっと息を吸い、
「ありがとう、一松さん。この小説の続き、すごく読みたかったんです!」
と笑顔で箱を受け取った。
一松さんは部屋のドアの前に立ち、鍵を出し、
「じゃ、ご飯を作ってくるから。今日は凝ったのを作りたいから、ちょっと時間がかかるけど」
「ありがとうございます、一松さん。期待してますね♪」
私はわざとらしく見えないよう、努力しながら笑った。
一松さんはうなずき、鍵を開け、ドアを開く。
そして閉まる音。少しずつ足音が遠ざかる。
「…………」
私はそのまましばらく黙り、すぐ動き出した。
一松さんにもらった箱はテーブルの上に置いてある。
それを開けると、『見たことがない』自分の私物が入っている。
私はそれを一点一点、慎重に調べた。
小説。どれも、読んでない人でも内容を知ってるベストセラー。
どんな小説か聞かれても、ちゃんと答えるように、だろう。
日常小物数点。これは本当にどうでもいいものだ。
新品を買っただろうに、使いかけに見えるよう、多少の傷がつけられてる。
そして鏡。うーん、これが一番怪しいと思ったけど、どれだけ調べても普通の鏡だ。
途方に暮れて、箱を見る。箱は何度見ても木製の安っぽいもの。
多少は重いけど、ごく普通の……ちょっと重くない?
私は箱をひっくり返し、慎重に慎重に調べる。
……あった。指先が謎のとっかかりを探り当てた。
そこをスライドすると……箱の反対側が開いた。
「…………」
震える手が、二重底から小さな物体を出す。
超薄型で小型で軽量型の、スマートフォン。
電源が……ついてる!
ぶるぶるしながら画面をスライドすると、画面が光った。
そして祈るようにホーム画面を見る。
アンテナが立ってる。圏外じゃない! 電話が出来るっ!!
落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら、ホーム画面に目立つように置かれた『電話帳』のアイコンをタップする。
登録電話番号は一件だけ。
『松野家』
涙がこみ上げる。
見捨てられてなかった。
皆、私のことを探してくれていた……!