第3章 三ヶ月目のさよなら
暗闇の中、呼吸を確かめる。小さな物音も立ててみる。
一松さんは起きない。
多分、寝ている。大丈夫。
うん、頑張りましたからね。私も頑張っていただくように頑張ったけども!
おかげでこっちまでクタクタだけど仕方ない。
私はそーっとそーっと服を着る。
何度も一松さんを振り返る。寝ている。
落ち着け、今はまだ『寒いから』とごまかせる段階だ。
心臓の音が大きすぎて、何をするにも手が震える。
『止めようよ、一松さんを怒らせるよ』と、異常な方の自分がささやいてくる。
大丈夫、まだ、大丈夫。
今度は一松さんの服に手を伸ばす。ガタガタと手が震えている。
落ち着け、『服をたたもうと思って』と言い訳すればいい。
そっと、そっとポケットを探る。確かここに入れてたはず。
……あった。
前回は未遂だったが、ついに鍵を取ってしまった。
もう言い訳は出来ない。
急がないと。
「ん……」
心臓が止まったかと思った。一松さんの声がした。
真っ青な顔で振り向いた。でも寝返りを打っただけみたいだ。
寝ている。大丈夫。
ゆっくり、ゆっくり歩き、鍵を鍵穴に……暗い上に緊張で手が震え、なかなか思うようにいかない。一時間ほどに感じたけど、実際は数分程度だっただろう。
ついに鍵が鍵穴に入った。
カチャっ!
小さな音が、大音量に思えた。
振り向く。一松さんはまだ目を閉じている。
私はそっと扉を押した。ギィっと、小さな音。
ついに、部屋の外に出た。
廊下を見る。出口は? よく見えない。
段ボールがあちこちに置いてあるのは分かった。
アパートか何かかと思ったけど、広めの一軒家のようだ。
借りたのか、放置物件を占拠してるのか。
考えても仕方ない。とにかく外に出よう。
壁を伝い、ゆっくりゆっくり進む。
途中で何度か段ボールにつまずきかけた。
はあ、はあ。暗闇の中に自分の息づかい。
……今、遠くで物音がしたような。
いや大丈夫、気のせい。
そしてかすかに新鮮な空気を感じた。
あった。外に通じるドアだ。遠くで車の走る音が聞こえる。
そう思った瞬間に走り出した。とにかく外に。後はどうにかなる。
外に出れば、一松さんも正気に戻る。
私は息せき切ってドアノブをつかみ、押した。