第3章 三ヶ月目のさよなら
「全部食べないと」
乾燥したそれを不味そうにかじりながら言う。
「ごめんなさい」
「怒ってないよ。常食にするようなものでもないし」
「すみません」
「だから怒ってないって」
私は子犬みたいに一松さんの後をついて歩く。
「寝癖がついてるけど、寝てたの?」
私は慌てて髪をなでつけ、
「やることがなくて……お腹もあんまり空きませんし」
一松さんを責めているように聞こえていないか、ビクビクする。
私はどうも失言が多い。彼を怒らせたら大変だ。
「そうだね。そんな風に一週間が過ぎること、俺もよくあるよ」
よくあるんか。少しは外に出ようよう。
でもあまり人のことは言えないか。
ここ数日は色んなことが面倒くさくなった。
可能ならずーっと寝ていたい。
「何か作ってあげる。それなら全部食べられるでしょ?」
「はい!」
声に力が戻ったせいか、一松さんはほんの少しだけ笑った。
「じゃあ手を出して。外に出てる間、また手錠をするから」
…………
そして、一松さんがご飯を作ってきてくれた。
「はい、口を開けて」
「……美味しい……」
噛むごとに意識がクリアになる。世界に色が戻ってくる感じ。
「美味しい?」
「美味しいです! あ、そっちのハムエッグも欲しいです! あとココアも!」
「ゆっくり噛んで。胃を慣らさないと」
あー、全身に栄養が回る。誰かと話をするっていいな。
食事の時間はあっという間に終わる。
私は洗面所で、歯磨きである。
「器用にやるもんだね」
手錠をしたまま歯を磨く私を、一松さんは片付けをしながら意外そうに見る。
「一週間もこういう生活ですから」
慣れとは恐ろしいものである。何をするのも死ぬほど苦労したのは、最初の三日間くらい。
拘束されてるのは手首だけだから、うまく動かせば、案外何でも出来るのだ。
今ではペットボトルも開けられるし、トイレも上手くやれる。
「そ。あんまり不自由じゃないのなら良かった」
「はい、良かったです」
……良かった、のか? 今ものすごく変な会話をした気がするんだけど。
ダメだ。頭がボーッとする。
考えない生活をしていたら、頭を動かす力まで衰えちゃったかなあ。
面倒くさい。人と話してたら疲れてきた。また横になっていいかなあ。