第3章 三ヶ月目のさよなら
水も食べ物もある、トイレもお風呂もあるから、生活に不自由はない。
でも誰とも会わない、話さない。
テレビもスマホもゲーム機もない。
何冊か本はあるけど集中するのが難しいし、本を読むこと自体、元々苦手だ。
だから私はボーッと壁を見ている。そしてまた眠ろうとして。
遠くでドアが開く音がした。
「!!」
私の五感が生き返り、ベッドからガバッと飛び起きる。
「……つっ……」
目まいで転びそうになったが、何とかこらえる。
うう、寝っぱなしだったもんなあ。
足音が近づいてくる。私の興奮も最高潮。
尻尾があったら全力で振ってただろう。そして手錠をしたまま扉の前に立つ。
鍵が開く音がした。
扉が開く。つなぎ姿の一松さんがいた!
「松奈」
一松さんはまず、少し安堵した風。
旅行から帰ってきた飼い主が、留守番をさせてたペットの無事を確認し、安心したみたいな。
「一松さんっ」
叫んだつもりだったけど、実際に出たのは弱々しい声だった。
一松さんは眉をひそめ、
「声、かすれてる」
「そうですかね?」
誰とも話さないですしね。
そして手錠を外す音がして、手が自由になる。待ちに待った瞬間だ。
「手首、良くなったんだね」
「慣れてきましたので」
もうかすかに赤いくらいだ。今は手首の代わりに肩が痛いけど。
「……松奈」
一松さんに抱きしめられ、キスをされた。
私も肩の筋肉が痛いのを無視し、抱きしめ返す。
「ごめんね。二日も来てあげられなくて」
「いえ、来て下さっただけで嬉しいです」
「ホントに?」
「ええ、もちろん!」
本当に嬉しい。
ここにずっといると、時間の感覚が薄くなる。
時計も無いので、明るさで日の出を知り、お腹が空いたら栄養食品を食べ、夜になったら何となく寝る。
あとはやることも無いので、ボーッとしてるか寝てる。
誰かと会い、話が出来ることが、どんなに嬉しいか。
一松さんは滑るように室内に入り、後ろ手で器用に内鍵をかける。
鍵をポケットに滑らせたのを、私はぼんやり眺める。
そして一松さんは私をじっと見、
「ちゃんと食べてる?」
私の頬を撫でる手が、ちょっと冷たい。
「はい、もちろんです」
と、テーブルを指す。お皿の上には半分残った栄養食品のバー。