第3章 三ヶ月目のさよなら
頭のてっぺんからつま先まで、凍り付いたかと思った。
声は後ろから聞こえた……わけじゃない。
前から。だから怖い。
私の前。つまり窓。
「今、そっちに行くから。窓を閉めて鍵をかけて、大人しく待ってて」
私の返事を待たず、足音が遠ざかる。
もしかして見られてた? いつから? ずっと?
「……っ!」
全身が恐怖で震える。
逃げられるのなら逃げたい。でもどうにも出来ない以上、大慌てで窓を閉め、鍵をかけた。もう手首の痛さとか構ってられない。
そしてベッドに座ったところで、部屋の鍵が開けられた。
一松さんだ。今日はパーカーにサンダル。なぜかマスクと、余計に犯罪者っぽい。
「松奈」
一歩近づかれ、ビクッとする。殴られるのではと、ヒヤリとした思考が頭をかすめる。
「血、出てる」
「あ……」
慌てすぎた。包帯に血がにじみ、垂れる寸前だ。
「救急箱、取ってくる」
一松さんは猫背でおっくうそうに歩いた。
「…………」
手錠を外され包帯を解かれ、一松さんは無言で私の傷を手当てする。
今はマスクをしているので、余計に何を考えているかわかりにくい。
向こうが何もしゃべらないので、私はためらいながら、
「あの、一松さん」
「何?」
「…………」
何を話せばいいんだろう。いつもならいくらでも言葉が出てくるのに、今は何か話そうと考えると心臓がバクバクして、思考がにぶくなる。
「さっきは、すみませんでした」
「さっき?」
マスクの上の陰鬱な目が私を見抜く。
「その、私、さっきは部屋の換気がしたかっただけで」
「ウソをつかなくていいよ」
「……う、ウソじゃ、ない、ですよ」
「分かってるからいいよ。はい、終わり」
包帯を巻き終わり、一松さんが言う。
「ありがとうございます」
痛いのがちょっと楽になった。でも私の身体が少しこわばる。
一松さんが、テーブルの上の手錠に目をやったからだ。
嫌だ、二度とされたくない。
でも口に出して、昨日みたいに怒られるのも怖い。
「手錠をされたくない?」
マスクをした一松さんが、視線をこちらに寄越す。
「え? あ、いえ、その……」
「松奈」
「!!……わっ!」
マスクをして、顔色を読み取りにくいせいだったのかも。
低い声が怖かったのかも。
立ち上がろうとしてバランスを崩し、床にこけた。