第3章 三ヶ月目のさよなら
誘惑で、思わずゴクリと唾液を飲み込む。
私は止血も忘れ、一松さんの服を凝視した。
拘束された両手が、無意識に伸びる。
あと少し。もう少し手を伸ばせば鍵に……。
『悪い子だよね。松奈は。ウソばかりついて』
一松さんの声が聞こえた気がして、我に返る。
そして慌てて手首を見る。良かった。シーツは汚してない。
血も止まりかけてる。
もう寝よう。
一松さんにもたれて横になろうとしたとき。
「鍵、取らないんだ」
「っ!!」
心臓が止まるかと思った。一松さんが目を開けて私を見ていた。
落ち着け……落ち着け。何もバレてない。
「何のことですか? 別に私は……」
「取っても良かったけどね。でもそうしたら、俺は何をしたか分からないけど」
「……ご、ごめんなさい」
「何で謝るの。何もしてないのに……でも謝ってくるのなら」
「!!」
手首に痛み。傷口を噛まれたのだと一瞬遅れて分かった。
「い、痛い、痛いっ!」
「大げさだろ、松奈。軽く噛んだだけ」
軽くでも、普通は恋人を噛むものじゃない。
一松さんはしたたり落ちる私の血を、動物みたいになめている。
冷静になれ、私。ちょっと噛まれただけ。血もすぐに止まる。
頭では分かっていても、この暗闇では、とても平静になれない。
「本当にごめんなさい。一松さん……」
「DVDプレーヤーはやっぱり持って帰るよ。
良い子にしていたら、また持ってきてあげるから、ちゃんと反省して」
「はい。申し訳、ありません、でした……反省します」
そう答えてはみたものの、何を反省すればいいのか、よく分からなかった。
『もう逃げようとしちゃダメだよ。これは松奈のためなんだから』
夜明け前。そう言い残して、一松さんは家に帰っていった。
私はまた一人になった。
…………
…………
ベッドにぼんやりと横になりながら、目を閉じる。
今は朝だろうか昼だろうか。天気は多分晴れだと思う。
DVDプレーヤーを持っていかれたから、観るものもない。
一松さんが持ってきたDVDは、ひたすら子猫が遊ぶだけの内容だったけど、今はどんなものでもいいから観たかった。
外に出たい。このままじゃおかしくなる。