第1章 最初の一ヶ月
「別に俺、おまえがうちの金を持って逃げないか、見張れればいいだけだし。
こんな無職のクズが、隣に並んで歩くなんて恥ずかしいんでしょ?
道行く奴らに同類と思われないか心配なんでしょ?」
オーラが! 負のオーラが揺らめいている!!
家の外では自信が無いタイプだなんて聞いてないっ!!
「失礼いたしました! 一緒に行きたいです!
一松さん! 行って下さい! お願いします!!」
頭を何度も下げると、一松さんは罵倒と卑下をブツブツ繰り返しながら、どうにか了承してくれた。
つ、疲れるっ!!
…………
「で、スーパーはどこにあるんです?」
一緒に歩く一松さんは、ポケットに両手を突っ込んで、目を合わせようとしない。
「うち、魚屋、肉屋、八百屋、酒屋、米屋、豆腐屋って、買う店が全部決まってるから」
今どきそれ!? 三河屋さんとか探してみたいなー。
「近い店はどこです?」
「まず何を買うか確認しろよ。重い物を先に買うと後が辛い」
おつかいをさせられまくっただろう過去がにじみ出る言葉であった。
「ええとですね、卵3ダース、葉付き大根五本、醤油(しょうゆ)一升(しょう)――」
待て。量がやたら多くないか。
升って何だ。二十一世紀にどこの店が、尺貫法で醤油を売ってるんだ!!
「うちは野郎が多いからね。早く行こう。日が暮れる」
一松さんはポケットに手を突っ込んだまま、猫背で歩き出す。
「あの~。ネットでまとめて注文しません?」
「契約してない」
デスヨネー。
…………
「お、重いっ!!」
両手に買い物袋を限界まで抱え、よろよろと通りを歩く。
「買い物下手すぎ遅すぎ。母さん、先にパートから帰ってるかも」
毒を吐きつつも一松さんも両手に買い物袋。
醤油の大瓶だの野菜だの、重い物を持ってくれている。
時刻はすでに夕暮れ。
仕事帰りのサラリーマンが、あちこちの飲み屋ののれんをくぐっている。
私たちは長い影を路上に落としながら、松野家への道を急いだ。
「あ」
一松さんが一瞬だけ声を出した。視線を追うと、昨日のパチンコ店だ。
ガラスの向こうには、楽しそうに台を回す五人の若者。
……昼からずっと入り浸っているんかい。
まだまだ遊戯に夢中で、こっちに気づく様子も無い。
一松さんはそんな彼らをじーっと見ている。