第1章 最初の一ヶ月
昼食なんぞ作る暇もありゃしない。
「あっそ」
低い声で一応返答するのは、紫の松パーカーを羽織った一松さん。
ねぎらいの言葉も無しか!
ちなみに彼はちゃぶ台に座って足を組み、いつ注文したのか店屋物(てんやもの)のラーメンをすすっている。行儀悪いなあ。
むろん私の分はない。まあそんな気遣いがあるくらいなら、最初から警戒しないだろう。
私も特に気にしない。お腹は空くけど。
ともかく、クソ小姑――じゃない、一松さんのダメ出しの嵐も一定の効果はあった。
家事素人の掃除ながら、どうにか松野家の清潔を保てたのであった!
「さて、後は買い物だけですね」
エプロンをほどき、お母様からいただいた買い物メモをカゴのバッグにしまい、がま口財布の金額を確認した。
「で、ついてくるんですか?」
一松さんはラーメンのつゆをズズーッとすすり、食べ終えているところだ。
彼はどんぶりから顔を上げると、目つきの悪い顔で、
「財布預けてる奴が外に出るのを見送れって言うの?」
まあ一番警戒するところではあるわな。
理屈では納得出来ても、言葉のナイフはザクザクと刺さるが。
…………
鍵を回して引き戸玄関を締め、一松さんの指示通り植木鉢の下に玄関の鍵を隠す。
ガタガタと、ちゃんと鍵がしまってるかどうか確かめながら、
「今どき、こんなセキュリティで大丈夫なんですかね」
当節の外国人窃盗団には、盗んで下さいと言ってるも同然だろう。
「うちには金がないって皆知ってるし」
……それもそうか。この家が昭和すぎるのだ。
じゃあ行きましょうかと一松さんを振り向き、
「え、一松さん。もしかしてその格好で町に出るんですか?」
「何。何か文句あんの?」
ものすごい半眼で睨まれた。
「いえ。ないですけど……」
紫の松パーカー。ジャージのズボン。裸足にサンダル。猫背。
しかも平日の真っ昼間。『自分は無職です』と公言してるようなものだ。
失礼すぎる心配だが、職務質問を受けたりしないだろうか。
考えが顔に出てしまったのか一松さんは、
「一緒に歩くのが嫌なら、離れてついてくけど?」
「いえいえいえいえいえいえっ!!」
高速で首を左右に振る。や、ヤバい。何か気遣わせてしまった!