第1章 私は貴方に恋をした
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朝、目が覚めた楓は腕の中で小さくなって眠る朱里に気付いてふっと口元を緩めた。
しかし、ふと降ろした視線の先に楓のパジャマの前身頃を固く握りしめている手が見えると、苦みを帯びた表情になってそっと起こさない様に朱里を引き寄せる。
風呂場で触れた朱里は、やはり全身を緊張させて捨てられた仔猫の様だった。まだ、その怯えは取れていないのだろう。無意識に表れた不安を拭えるように、深く腕の中に抱き込んで額に軽く口付けると何度も優しく髪を梳く。
朱里が起きるまでそれを続けていると、時刻は正午まであと僅か、という時間になっていた。
「起こしてくれればいいのに……」
「二日ぶりの朱里の寝顔とか、感触とか、たっぷり独り占め堪能出来て俺は満足だけど?」
「なっ……もうっ!」
「いてっ」
ペチン、と背中を叩かれて反射的に声が漏れる。正午近くまで寝てしまったことを拗ねている朱里に、からかい混じりに告げた言葉の返答がこの音である。
楓はそれに苦笑しながら、着替えた朱里に空腹を確認する。
「昼飯前に、朱里に見せたい物があるんだけど良い?」
「見せたいもの?」
「そう、朱里を泣かせちゃった原因」
「……み、見たくないっ!」
「そんなこと言わないで、喜ばせたくて内緒にしたかったんだけど泣かせちゃったし、おかげで色々とすっ飛ばして見せれそうだから……どうしても、怖いか?」
楓の言葉に確信を突かれたのか、ビクリと朱里の肩が跳ね上がる。楓はそれを見てそっと正面から朱里を抱き寄せると額を触れ合せ瞳を覗き込む。不安に揺れる瞳が、僅かな水気を帯びながら見つめ返してくる。
「内緒にしたかったから嘘を吐いたけど、俺は朱里を手放す気はないぞ?」
「……っ」
「どうしても嫌なら、次に朱里が来てくれた時までにやっとくけど、出来れば今日、今直ぐ朱里の目の前でやって、ちゃんとその不安も恐怖も取って安心して欲しい」
駄目か? と楓が問えば、朱里は小さくズルい、と呟いたがそれ以上嫌だとは言わなかったので楓は朱里の手を引いて二日前に庭を作ろうとしていた場所に連れていく。
朱里は初めて入る楓の私室の更に奥にきょろきょろと辺りを見渡していた。