第1章 私は貴方に恋をした
「朱里、心配しなくてもここの従業員は皆男か、男止めた奴だ」
「え……?」
「あらぁ、可愛いわね! こんなに呉羽さんがゾッコンなのにヤキモチ?」
「あっ……ぅっ……そのっ」
「ふふふ、呉羽さんってば今まで絶対ここにこの姿では来ないって言ってたのよ。来るとしたら、唯一が見つかった時だけ、って……ね?」
「そういや、お前にはそれ言ったな」
「お店の利権、ほとんど譲ってもらう時にお伺いしましたわ」
席に着いて、朱里に可愛らしい色合いのジュースに近いアルコールを、自分にバーボンを注文した楓が自分と周囲の挨拶をしていく店員たちを交互に見て不安そうに瞳を揺らすに声を掛ける。
無意識だったらしい視線に、その意味を悟るまでに時間がかかった朱里と、意味を直ぐに悟って微笑ましそうに言うママ。
朱里はママの言葉に漸くその意図を悟ったのか、一気に頬を染めて俯いてしまう。楓がその様子を蕩けるような笑みで見ているのを見て、ママは楓をからかおうと口にしたが平然と肯定されてしまって思わず顔から表情が抜け落ちた。
ママのその無表情を、朱里は俯いたまま届けられたアルコールを口にしていたので見ていないが、その頭上で楓が鼻で笑う。
気兼ねない友人同士のやりとりで、朱里がチラリと視線をあげると楓は直ぐに気付いてん? と首を傾げて見せる。
その表情が柔らかくて、朱里がまた頬を染めて俯くとクツリと笑われて余計に俯いた。楓がそんな朱里の髪に指を絡め梳きながら、頬にもそれを滑らせて擽る様に辿る。
肩を竦めた朱里が上目遣いに見てくるのに笑みを浮かべ、耳元に唇を寄せると余計に肩を竦めながら囁かれる言葉を聞く。
「ここが、朱里が興味持ってただろう俺の店。前は、こいつの役を俺がやってた」
「……呉羽さん、が?」
「そう」
「でも、呉羽さんはどんな客にも靡かないって有名で、振り向いて貰おうと必死に貢ぐお客様も多かったのよ」
「金や利権に目を眩ませて俺を見てねぇ奴に靡くわけないだろ。大体、ここの経営は親父からの隠れ蓑で自分で食うくらいの金は稼いでたんだ、それ以上なんて要らねぇ」