第1章 私は貴方に恋をした
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「んー」
カタカタと端末を叩いて唸る朱里の頭を大きな手が優しく撫でる。
その者の膝に座った状態で、朱里は背を反らして甘える様に懐く
「これ、巻物が読めぬ」
「えへへ」
新しく兄となった蛟の存在が嬉しいのか
後頭部を擦り甘えてくる妹に、紺色の装束に身を包み覆面をした男は一旦巻物を置き
妙に嬉しそうな朱里にどうした?と髪を梳く
「覆面って、取れないんですか?」
「素顔を晒せと?」
「いえ、どうやって周囲を見てるのかなって」
「ふむ、心眼…で通じるか?」
「少し?」
ぬおおお、と唸り考え込んでしまった朱里に、仕方がないと溜め息を吐き
はよ執務をしろと突つくと朱里はぶうぶう言いながら政務を再開した。
それを珍しそうに見る者が2人
「何だ、膝丸、数珠丸」
「あ、いえ」
「…もしや主と、幼い頃から面識がおありかと思いまして」
そう問う声にああ、と声を出し。
朱里はよく聞いて下さいましたと言わんばかりの笑顔で振り向いたが
がしりと頭を掴まれ元の向きに戻されたので渋々執務をする
「朱里は今まで、我の姿を再び視るまでは忘れていた様だがな。
朱里が幼い頃、カツ…朱里の祖母と本家に来てはこの姿でよう遊んでやった」
「…よく泣かなかったな朱里」
「どういう意味だウスミドリ」
「痛った!」
スパーンと何かに殴られる衝撃に膝丸は頭を抱え
こいつには反抗しないでおこうと心に誓う
朱里は幼い頃、祖母に連れられて本家に来ていた
周囲は大人だらけで退屈で庭の探検を始めた朱里は
おおきなおおきな、紺色の装束を身に纏う不思議なヒトを視る
『おにいちゃん、ここのひと?』
『!? …我が視えるか童』
『私は朱里って言うんだよ?』
幼い朱里は、蛟の姿を見ても驚かなかった。
『不思議なおきものを着たひとはいっぱい見たことあるの。でもね、おばあちゃんが、えっと
"むやみに話しかけちゃいけません"って』
『…何故我に声をかけた?』
『なんで?んー、んー?わかんない』
純粋な、綺麗な霊力を発する朱里を呼び寄せ
縁側に座る己の膝に乗せると『お兄ちゃん大きいね』とにこりと笑う。