第1章 秘中之秘【ヒチュウーノーヒ】
「なあ、十参號……」
溜息を吐きながら十参號の肩に手を延ばした俺の手を躱して
「私……捌號にも皆にも、絶対迷惑は掛けないから。」
まるで自分自身に言い聞かせる様に呟いた十参號は逃げるみたいに走り去って仕舞った。
「やあ、捌號。」
その後ろ姿を黙って見つめる俺に、信玄様が歩み寄って来る。
「あれは十参號かい?」
「はい。」
俺の視線の先を追った信玄様に問われて俺は頷いた。
「十参號もすっかり女らしくなっちまったな。
一寸前までは可愛らしい少女だったが……。」
「あいつの事、厭らしい目で見てるんですか?」
「いやいや、そんな事は無いぞー。
俺は所謂、歳の離れた兄みたいな気持ちでだなぁ……」
「どーだか?」
何故か俺は主君で在る信玄様に馴れ馴れしい口調で話す事を許されている。
いや、俺に限らず信玄様の下に就く者は全て同じだ。
つまり甲斐の虎、武田信玄というのはそういう人だった。
「捌號、お前の事だって俺はそう想ってるぞー。
昔の捌號は可愛かったのになー。
今じゃすっかり生意気になりやがって!」
信玄様は優しく微笑みながら、その大きな手で俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
俺は今でもはっきり覚えている。
十三年前の冬、俺は十参號の手を引いて雪深い躑躅ヶ崎館を訪れた。
流しの忍びであった両親が仕事に出たきり、一月間戻らなかったからだ。
薄汚れて、空腹で倒れそうだった俺と十参號は、三ツ者であった伯父を頼り何とか甲斐まで辿り着いて今に至る。
そう……
『捌號と十参號は兄妹みたいだな』
皆がそう言う。
信玄様も。
だけど……『みたいな』じゃない。
俺と十参號は歴とした、血の繋がった『兄妹』なんだ。