第16章 悲鳴
フィン『…取り乱してしまった。済まない。
人造迷宮クノッソスについては明日調べる。
ゆっくり休んでくれ』
そういつものように落ち着いた声色で伝えつつ、休むよう促すことで執務室から解散させようとした。
手袋の先が破れるほどに強く握り締め、爪がつき立てられた掌から血が零れ落ちていく中、必死に自分を戒めた。
近寄ろうとするティオネをリヴェリアが制し、他の団員達と共に立ち去っていった。
団員達がいなくなって、一人になってから…
力なく机の傍にある、いつも座っている椅子とは逆側の椅子へ腰かけて項垂れ、血がつくことも厭わず両手で頭を掻き毟る。
その脳裏にその時もなおよぎり続けるのは、ケイトへの告白の時に零した言葉。
護ると誓った。自らの愛を生涯捧げると誓った。
それを聞いた彼女が照れ臭そうに頬を赤らめながら、それでも嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
彼女の笑顔が瞼の裏に浮かぶ。
一緒に居たいと、満面の笑みで赤らめながら嬉しそうに呼びかける声が耳を刺す。
心から嬉しかった瞬間…人生の中で、最も幸せを感じた瞬間…
それは逆に、自らの心をがりがりと削り続ける鋭利な刃物となり、喪失感を強めていく。
フィン『何が…護るだっ!!!』
一人取り残された執務室で、大音声が響き渡った。
その叫び声に、血だけではない…何かの雫の落ちる音が掻き消された。
頬を伝って落ちていく雫は誰にも見られることもなく、その叫びは闇へと消えていった。
フィン『っ…ぅぅっ』
唸り声と一緒に、涙が次々に零れ落ちていく。
頬を伝って、嗚咽と共に落ちていく。
涙と共に気持ちもまた、気分も一緒になって沈んでゆく。
フィン『うあああああああああああっ!』震泣
「失いたくない」という想い、「護れなかった、逆に護られた」という現状、その二つが心の中に同時に去来し続け、滅茶苦茶にかき回していた。
ようやく出会えた運命の人、実った初恋、やっと掴んだ伴侶、叶ったかに見えた悲願、それらを同時に失うなど…考えたくもなかった。
精霊寵愛を受けた彼女を、こんな形で失いかけるなど…思いたくもなかった。
悔しい。嫌だ。誓ったのに。決めたのに。
人生の中で一番重く圧し掛かる数多の様々な感情による男泣きと叫び声は、椅子に腰かけたまま寝入る瞬間まで続いた。