第16章 悲鳴
彼は失いかけた当時、荒れに荒れていた。
長い付き合いのロキでさえも見たことのないほど荒れに荒れ狂った。
あの日の夜、事の顛末はこうだった。
アミッド『はあっ…はあっ』
他に急患はなく、例の箱から出てきた器具を用いて延命中
救おうと、ひたすら解呪魔法をハイ・マジック・ポーションを使いつつ行使し続けていた。
アミッド『…彼女の魔力が、回復しない?』
フィン『!…どういうことだ?魔力が無ければ』
アミッド『いえ。これは好機と捉えるべきです。
彼女の魔力は、呪詛とは正反対に位置します。
もし回復するとしても恐らくは少量、逆に呪詛を強める助けとなり兼ねない。
でも…それでも…多過ぎる。
呪詛が、全身にまで拡がっています。
それを治し切らない限り、傷は塞がりません。
この言葉は、私も極力言いたくはないのですが…最悪の事態も、覚悟しておいて下さい』
フィン『!!!』
その次の瞬間、全身に衝撃が走った。
治療の現場に立ち会う中、掛けられた言葉は死の宣告。
否、死の可能性が色濃いことを知らせるものだった。
それはそうだろう。今できているのは、延命処置だけなのだから。
42年という人生の中で、唯一の存在。
嫁探しを何十年もずっと続けてきた後、唯一恋に落ちた存在。
特別な、大切な存在。
これほどに胸を焦がれ、共に居るだけで楽しいと心弾ませられる存在は、フィンにとって『初めてのもの(存在)』だった。
しかし…それを失うということを予期した瞬間、その身体を襲ったのは未だかつて味わったことのないほどの、強大過ぎる『喪失感』。
瞠目と共に固まり、思えば思うほど、考えれば考えるほど付き纏う死の危険に息が弾むように荒れ、激しさを増していく。
ようやく手に入れたと思った。
念願の妻ができて、恋を知って、ただ日がな一日を過ごすだけで、一時を共に笑うだけで心から満足していた。
アミッド『遠征で疲れているでしょう?
すみませんが、ベッドに空きはないので一度お帰りになった方が』
その言葉がかけられた次の瞬間には目を背き、気が付けばホームへと走っていた。
走って走って…走り続けて。
フィン『はっ…っ』ぎり
その内に涙が零れ落ちていった。
その時に胸によぎったのはある言葉。
憎悪と怒りに任せた、一時の感情だった。