第60章 穏やかな日常
そうして現在に至る…
俯いて生きる人は無く、明るく前を向いて笑う者で溢れている。
どこからが悪なのか、どうして悪となるのかも、子供も含めて皆と話し合い
国の『守るべき事柄』を纏めた『法律』を作り上げ、「してはいけないこと」の明確化、線引きに着手している。
そして未成年であっても守るべきという風潮が既に根付きつつある。
よって、『仕事での成果』よりも、『教育による賜物』。
強いて言えば、『犯罪者(法律違反者)0』に領民達の関心が注がれるようになった。
何故ダメなのか、罪を犯してはダメなのか、犯した後何事も無いようにしてはいけないのか、それらへの理解を訴え、罪を犯したのならば償い、二度と繰り返さないようにする。
その重要性を説いた。
それは皆が平和に生きていく上で欠かせないことなのだと、
人として生きていく上で、お金よりも大切なものだと、教育を施していた。
もし仮にお金が生きていく上で足りなくなり相談を受ければ身に合った仕事がもらえ、金も支給される。
働けない体ならば生活保護の手続きをすれば日々の生活金もまた保証される。
だが自らが贅沢したいが為だけにした虚偽の生活保護の申請は却下される。
神の力ですぐ見通されるのでおすすめはしない。
と言うのも、犯した罪はその時点で市民カードに刻まれ、生涯背負わなくてはならないものとなる。
真っ赤に染まった市民カードを見ただけで犯罪を実行した前科があるとすぐにわかってしまうのだから。
世間からの目、針の筵で過ごす事態となるのは…火を見るよりも明らかだ。
お金はいざとなれば保証される。
だが品性までは保証されない。自らの言動に責を負わねばならない。
いい人だから、そういう人じゃないから、悪い人じゃないから、と
個人の価値観を押し付け、犯罪を無かったもの、償わなくてよいものとするのは幼稚。
責めている、ひどい、自分こそが被害者だ!と捉え、聞く耳も持たず保身に走り、一方的に決め付けるのもまた同様。
悪いことをしたと認識すること。
それを教える為に防衛隊は罪を犯した犯人を捕まえる。
正しく在れるよう更生させる為に
何より、市民の皆が安心して日々を過ごせるようにする為に…
だからこそ、市民カードに刻まれた前科(赤色)は…二度と繰り返さない未来が確定しない限り消えない。