第56章 プール大会
誰にも頼れず、甘えられず、信頼できる人もいない。
会話もまともに出来るものではない。打ち明けられる人もいない――
それが、ケイト・グレイロアの…生みの家族に出会う前までの人生だった――
声の出ない障害は、出しても大丈夫だと判断される環境…
先生が相談して答えを出そうと言った時のみ、辛うじて話すことが出来た。
たどたどしくはあるが、頑張って話してはいた。
それでも、周囲の目には呂律が回ってない、違う言葉を言っているように見える、という現実しか見ようとはしない。
そうなるまでの過程も、経緯も、全てを無視した上で自らの価値観を押し付け、本人のそれは一切合切全て無視する。
あまつさえ周囲は「同じことを思うよな?!」と、思わない方がおかしいとばかりに威圧を続け、言いたい放題言い続ける。
こいつは悪い奴なんだ、だから何をしてもいいんだ。
そして好き勝手に、自らにとっていいように、ケイトにとって悪いように、何でもやり続ける。
まともな会話も無く、受け入れず、してくることは全て一方的――生みの父を想起させるものしかなかった。
いじめる中でもなお、自らの苦しむ様を見ながら…
たとえ見ずとも周囲は幸せそうに笑い…笑い…楽しそうにあり続ける。
自らの幸せしか視界に無い、人を不幸にし、その不幸を肴に悦に入る。
誰も…自分の幸せなど、望んでさえもいない。
それらの所業は最早――ケイトの目には、『悪魔』としか映らなかった。
方やケイトは…たとえ一度でも仕返しをすれば十倍以上に殴られ続けてきた為…
やり返すことはより痛みを与えられると、生みの父からの毎日の暴言と暴力で骨身にしみて刻み込まれていた。
「殺したくならないのか?」と問われれば、そんな想いはとうに超えている。
それほどの扱いを受け続け、仕返しもできない状況下に15年いればどう思うだろう?
しかも周りは疑いもしない、笑って日常とやらを謳歌している。
ずるい、嫌い、殺したい、様々な沸き上がる負の念を全て…ケイトは口にも出さず殺してきた。
同じ思いをさせたくない芯のみで、精神だけで…強引に踏み止まった。
初めてできた居場所で拠り所となった育ての家族――
それを奪われてもなお、本人は望まぬとばかりに自らを律し、殺した。
その代価に…記憶全てが消え去るとしても――